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死刑囚たちは一体何の食事をリクエストしたの?人生最後の食事とお金の話

2016/03/15
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質問です。もしあなたが受刑者で、明日処刑されるとします。人生最期に好きな食事をリクエストできる、と言われます。一体何を食べたいですか?

高級なお寿司?フレンチのフルコース?いえいえ、実際にはきっと昔の幸せだった頃の、思い出の母親の握り飯、子ども時代を思い起こすバナナケーキ、それともお酒だけを欲するのだろうか・・・等々、様々な思いが巡る事でしょう。

アメリカでは多くの死刑囚がリクエストするのは、チーズバーガー、フライポテト、ステーキ、パイだそうです。中にはちょっと調子に乗り過ぎた!?リクエストもあります。

例えば、テキサスで有罪判決を受けた白人至上主義の殺人者ローレンス・ラッセルブリューワー。彼が要求した最後の食事は、

  1. チキンフライステーキ2つ
  2. 1ポンドの量のバーベキュー肉
  3. トリプルパティのベーコンチーズバーガー
  4. 肉のトッピングのピザ
  5. ファヒータ(スペインの肉料理)3つ
  6. オムレツ
  7. ボウル一杯の茹でたオクラ
  8. ブルーベリーアイスクリーム
  9. 複数のピーナツバターファッジ
  10. ルートビール3本

 
いくら最期とはいえこれだけの量を一回で食べるのか、というのにも驚きですが、もっと唖然とするのはこれらの要求が受け入れられた事です。

また2012年には、ゲイリー・カール・シモンズがピザハットのピザを要求しました。

  1. ミディアムサイズの、スーパー・スプリーム・ディープ・ディッシュピザ
    (マッシュルーム、玉ねぎ、ハラペーニョピーマン等のトッピング付)
  2. 3種類のチーズピザ
  3. オリーブ、トマト、ニンニク、イタリアンソーセージのトッピング付のピザ
  4. 大量のパルメザンチーズ、
  5. ファミリーサイズのナッチョーチーズ味ドリトス
  6. 8オンスのチーズ
  7. 4オンスのスライスハラペーニョ
  8. 特大サイズのストロベリーシェイク2つ
  9. チェリー味のコーラ
  10. スーパーサイズのマクドナルドのポテトフライ
  11. 2パイントのストロベリーアイスクリーム

 
これらもすべて出されましたが、ゲイリーは約半分のみ食しました。

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ここで言っておきたいのですが、死刑を言い渡された全ての受刑者が、人生最後に好きな食事を食べられるわけではなく、また死刑囚が思いつくだけのメニューをすべてリクエスト出来るわけでもありません。

どの州の刑務所に収監されているのか、というのがまず大きな要になります。

例えばヴァージニア州の刑務所では、月単位でメニューの内容・量・金額等の制限が設けられています。

フロリダ州の刑務所では、最後の食事はローカルレストランから好きなものを選ぶ事ができますが、値段の上限が決められています。ルイジアナ州では15ドル(約1800円)まで。

テキサス州では2011年以降、死刑囚が好きなメニューを好きなだけリクエストする事は禁止になりました。なぜなら3500カロリー以上もする食事を注文した死刑囚がいたからです。(しかも食べなかった)

一方では処刑前に、何でも好きな食事を注文する事を許された有名極悪犯罪者たちもいます。

どのような犯罪者たちが、どのような料理を最期に味わったのでしょうか。そして彼らにまつわるお金の話とは!?今回はこの話題を紹介します。

30人の女性をレイプ殺害―テッド・バンディ

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テッドは30人以上も殺害した殺人者。確定していない殺人、テッドが犯したのではないか、という推測の殺人も含めるとその数は100人以上にも上ると言われています。

1946年に生まれ、1978年に逮捕されます。若い女性をターゲットにした連続殺人犯、誘拐犯、強姦、および屍姦愛好家として知られています。

テッドは若い時はハンサムでチャーミングであったため、若い女性たちはつい気を許してしまったと言われています。

テッドがターゲットの女性たちに近付くのには、毎回ある方法を使っていました。身体が不自由なふりや病気のふり、また時には権力者のふりをしたりして、大勢の人々がいる公共の場で相手に近寄ったのです。

そしてその後、人目の付かない静かな場所で、相手に乱暴を加え殺害していました。ちなみに犯行についての供述は、毎回内容が異なっています。

1989年1月24日にフロリダ州内の刑務所にて、電気椅子による死刑執行をされました。高電圧を加え死に至らしめるこの方法は、死刑方法の中でももっとも悲惨な処刑方法だと言われています。

処刑前夜、彼に配膳されたのは以下のメニューでした。

  1. ミディアムレアステーキ
  2. バターが塗られたトーストパン
  3. ゼリー
  4. ハッシュブラウンミルク
  5. コーヒー
  6. ジュース

しかし彼は、要求しておきながら、その食事に一切口をつけませんでした。

これらの食事の支払いは、死刑囚のポケットマネーではなく、刑務所が払うにも関わらず何も食べない・・・これによりテッドの最期の食事については、その後大きな議論を招く事になります。

ちなみに現在フロリダ州の法律では、死刑囚人の最期の希望する食事の予算は40ドル(約4800円)まで、と決められています。

ヒットラーの命令に従っただけ―アドルフ・アイヒマン

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アドルフ・アイヒマンの名前は日本でも割と知られているのではないでしょうか。

ドイツの親衛隊(SS)の元隊員であり、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人問題の「最終的解決」)に大きく関与し、数百万人以上ものユダヤ人を強制収容所へ移送する際にその指揮を執っていました。

余談ですが、アイヒマンにはユダヤ系の友人は多くいました。ホロコーストの件も「あくまでもただ命令に従っていただけ」と最後まで主張を続けていたとの事です。

ナチス・ドイツが敗北した後、アイヒマンはアルゼンチンに逃亡。しかし1960年にイスラエル諜報特務庁(モサド)に捕まり、イスラエルに連行されました。

1961年4月より裁判にかけられ、同年12月に有罪・死刑判決が下されます。絞首刑が処されたのは、その年の6月1日です。

ちなみにイスラエルでは戦犯以外の死刑制度は存在しません。よってこの国で執行された最初で最後の、法に則った死刑です。アイヒマンの遺体は焼却され、その遺灰は地中海に撒かれました。

処刑前日にアイヒマンがリクエストしたのは、

イスラエルの赤ワイン、Carmelのボトル

彼はその半分を飲み干したといいます。グラスにイスラエルワインを注いで飲み干している間、彼は一体何を思っていたのでしょうか。BGMとしてワグナーを聴きたかったのでしょうか・・・。

Carmelの値段は、現在では1本13.99ドル~16.99ドル(約1700円~2000円)ほどです。

小説化、映画化もされた殺人ピエロ―ジョン・ウェイン・ゲイシー

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ジョン・ウェイン・ゲイシーの名前を知らなくても、スティーブン・キング原作「IT」のモデルになった人物、といえば「ああ!」とピーンとくる人もいるのではないでしょうか。(※「IT」はテレビ映画化もされています)

「IT」だけではなく、ジョン・ウェイン・ゲイシーを描いた作品(映画)は他にも2、3本あります。殺人者に対して不適切な表現なのですが、ジョンは小説や映画に登場させる上では非常にもってこいの人物なのです。

彼は1942年シカゴ生まれ。ピエロに扮して子どもたちのパーティーに現れていた事から「殺人ピエロ」の異名を持ち、33人を殺害した罪でその後薬服用による死刑となりました。

ジョンの生い立ちは悲惨なものでした。脳に腫瘍を持ち癇癪を起こす父親に虐待されて育ちます。暴力、言葉による罵倒は日常茶飯事でした。

「心臓の持病があり、内向的で繊細な感情を持つ息子はまったくタフではない。せっかく西部劇スターのジョン・ウェインから名前を取ったのに、息子は女の子みたいじゃないか。こいつはオカマじゃないだろうか」

等という暴言を浴びせられた事も。ジョンは鞭や靴で叩かれ、「お前はホモだ!」「お前は生きていてもしかたがない!」と罵倒されるのは当たり前でした。

母親は何度も夫に懇願し、息子に虐待を繰り返すのを止めようとします。しかしそれはまったく無駄でした。もし母親に、息子を連れて逃げ出す勇気があれば、もしかしたらジョンの人生は変わったかもしれません。

ジョンが18歳になった時、父親を感心させるためにも兵役を志願します。しかし病歴(パニック障害、心臓疾患)により落第。父親はますます息子を馬鹿にするようになります。

22歳の頃、青年会議所に勤め抜群の成績を上げていた将来有望のまじめな青年ジョンは結婚をします。本職以外に、妻の父親がオーナーをしていた、ケンタッキー・フライド・チキンの3店舗のマネージャーも務め、精力的に働きます。

結婚生活も仕事も順風満帆に見えたのですが、酔った勢いで男性と深い関係になってしまいました。その事で深い罪悪感を抱き、「やはり自分は父親に罵倒されていたようにホモだったのか」と暗い感情に苦しみだします。

そして26歳の時に未成年の少年に性的虐待を働き、逮捕されます。これが引き金となり、妻とは離婚をします。

10年の服役を言い渡されていたジョンですが、非常に理想的な模範囚であったため、わずか1年ちょっとで釈放されます。

しかしその後すぐにまた少年に対する暴行容疑で逮捕。ここで再び刑務所に入ればよかったのでしょうが、原告が裁判に来なかったため、不起訴になり再び自由の身に。

これが大間違いでした。その後ジョンは憑りつかれたかのように少年を物色していきます。

最初の殺人は、街中で見つけたゲイの青年と一晩の関係を持った時です。翌朝、朝食を用意する青年がキッチンナイフを手に持っていた時、「殺される!」とジョンはびっくりし、逆に自分がその青年を殺してしまい、その遺体は床の下に隠したのです。

ちなみにかつて恐れていた父親はすでに他界しています。もしかしたら憎しみとコンプレックスを抱いていた父親の死と、激しくなった少年漁りは心理的に関係していたのかもしれません。

職を転々としていたジョンですが、自ら起こした建築ビジネスで成功をおさめ、再婚もします。相手の女性は高校時代の元同級生。彼女もバツ1で、すでに2人の子どもも抱えていました。しかしジョンは妻の子どもたちも寛容に受け入れかわいがります。

この頃ジョンはピエロに扮し、休みの日には福祉施設を慰問し子どもたちの人気者になっていきます。

表向けは理想的な男性、父親、夫、ビジネスマンでありながら、裏では少年たちを次々にレイプしては殺害していく、ということも繰り返します。

数年後、ジョンはまた離婚。独り暮らしに戻ってから、彼の犯行は加速し犠牲者も一気に増えていきます。

犯行がばれた時、ジョンの家の床下や庭の土の中には多数の遺体が埋められており、腐臭もひどいものだったといいます。

捕まったジョンは精神病院の犯罪精神科病棟に移送されます。精神鑑定の際ジョンは「私の中には4人の人物がいます」と、多重人格症である事を主張したのです。

裁判でも、当然ながらジョン側の弁護牛は「多重人格症」を主張します。「ビリー・ミリガンの10の人格」という前例もあった事から、この裁判は世間の注目を浴びます。

最終的にジョンの心理的異常さも含め、「だからといって33人の人間を殺害する理由にはならない」という判決を下されます。

処刑される決定的なきっかけになったのは、ジョンのファンだと称する18歳の少年が刑務所に面会に訪れた時。ジョンはその少年を襲って殺そうとした事でした。

処刑前にジョンが要求した人生最後の食事は

  1. ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)のオリジナルフライチキン
  2. フレンチフライ
  3. たくさんの苺

もしかしたら、KFCの3店舗のマネージャーを務め、最初の妻と結婚生活を送っていた頃が、ジョンにとって一番穏やかで幸せだった時期だったのかもしれません。それを処刑前にしみじみ思い出したかったのかもしれません。

ジョンの死後、彼が刑務所で描いたピエロの絵画の数々は、犯罪マニアたちの間で大人気になりました。そのうちの1枚が、2011年に2000ドル(約24万2000円)で売られています。ジョニー・デップもジョンの描いたピエロの絵を1枚買い取ったそうです。

冤罪?「世界一嫌われ男」―ブルーノ・ハウプトマン

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ブルーノはドイツ帝国(ドレスデンの近く)にて1899年に生まれました。

子ども時代はごくありふれたもので、2人の兄と1人の姉を持ち、賑やかな家庭でした。11歳から14歳までボーイスカウトに、その後は大工の道へと行きました。

しかしそれは突如一変します。1917年、ブルーノが18歳の時に父親が他界。同年、彼は兄の1人が第一次大戦中フランスで敵を殺した事を耳にし、またもう1人の兄はロシアで戦死した事を知ります。

数年後ブルーノは仲間と共に、買い物帰りの、ベビーカーを押して歩いている女性を襲い強盗。3年刑務所に入ります。しかし釈放後、今度は窃盗で捕まり3か月間また刑務所に。

1923年にはアメリカに不法入国。ドイツ系アメリカ人のウェイトエスと結婚し、子どもをもうけます。

しかし1932年3月1日、チャールズ・リンドバーグ・ジュニアを誘拐しました。リンドバーグ家に忍び込みハシゴを使って赤ちゃんルームに入り、チャールズ坊やを毛布に包んだまま、「5万ドル(約600万円)の身代金を払え」というメモを残して連れ去ったのです。

ブルーノが逮捕されたのはその約2年後のこと。ガソリンスタンドで、10ドル(約1200円)の金証券(gold certificate)でガソリン代を支払った事がきっかけです。

金証券というのは珍しかったので、スタンドのスタッフは万が一のために、ブルーノの車ナンバーを控えました。すると、その金証券はなんと坊やの身代金として受け取ったものの一部だったのです。

チャールズ坊やの捜索は必死にされ、自宅から6.4km離れた森の中で発見されました。見つかった時はすでに遺体となっていました。

幼いあどけない子どもを身代金目的で誘拐し殺害・・・今でもショッキングですが、当時は幼子誘拐というのは、現代以上に人々に大きな衝撃を与え、ブルーノが捕まった時、マスコミは「世界一嫌われ男」と報じたほどでした。

裁判での争点はチャールズ坊やの死に方でした。ブルーノ側は「ハシゴから落下したため、亡くなった」と主張しましたが、その後、坊やは故意に頭を強く打たれ亡くなった事が判明しました。

ブルーノの自宅から証拠となるようなハシゴや受け取った身代金の残金等出てきた上、様々な証言も飛び出したために、有罪判決が出ました。1936年にニュージャージの刑務所で、電気椅子による処刑。この時ブルーノは36歳でした。

処刑前にリクエストした最後の食事は以下のメニューです。

  1. チキン
  2. フライドポテト
  3. バターを塗ったエンドウ豆
  4. セロリ
  5. オリーブ
  6. サクランボ
  7. 一切れのケーキ

電気椅子に向かうまで、そこに腰をかけてからも一言も言葉を発する事はありませんでした。しかしずっと言い続けていたのは、

“Ich bin absolut unschuldig an den Verbrechen, die man mir zur Last legt”という彼の母国語の言葉。意味は「私は無実です」。

歳月が経ち、この事件を改めて検証してみると多くの矛盾点や疑問点が浮かび上がってきました。もしかしたらブルーノは本当に無実だったのではないか、という声があがっています。

チャールズ・リンドバーグ・ジュニア誘拐殺害事件は様々なメディアにも取り上げられました。1976年にはこの事件を基にした映画も製作され、ブルーノ役にはあのアンソニー・ホプキンズが演じています。

デュッセルドルフの吸血鬼―ペーター・キュルテン

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1883年にドイツ帝国ミュールハイムにて誕生。13人のうち、3番目の子どもとして誕生。別名「デュッセルドルフの吸血鬼」。

生まれ育った家庭環境は非常にすさんで荒れたものでした。父親はアル中で家庭内暴力も日常茶飯事。子どもたちの目の前で、妻や娘たちを強姦するのは当たり前でした。

ペーターも、自分の父親が母や姉妹たちを犯すのを何度も目撃しています。その父親がわずか4歳だった娘をレイプした時にはさすがに逮捕されています。

ペーターが最初に殺人を行ったのは9歳。泳いでいる2人の友達を溺死させます。(※後年になり判明)

1894年に一家はデュッセルドルフへ引っ越しました。その5年後、ペーターは窃盗や放火の罪で度々捕まります。

犬への虐待も正気ではなく、犬に対して自慰行為をし非道極まりない拷問を行います。そのうちターゲットの関心が犬から人間に移ります。30歳になった時、14歳だった少女を強姦した上で殺害。この時、逮捕されませんでした。

その翌年の1914年、第一次大戦がはじまると、なぜかペーターの犯行はピタッと収まります。そしてごく普通の結婚をし、工場ではまじめな工員として評価されます。

しかし1929年、ペーターが46歳の時、8歳の少女を強姦し殺害しました。そして次々に未成年の少女を強姦して殺していきます。

これらの犯罪が発覚したのは、逃した少女が彼の居場所を警察に知らせたのがきっかけでした。

逮捕されたペーターは80もの犯罪を告白。ちなみに捕まると分かった直前、ペーターは全ての罪を妻に告白しています。そして妻に「警察に通報しなさい。そして賞金をもらいないさい。それを今後生活していくのに使いなさい」と告げています。

1931年7月2日にギロチンによる処刑を処されました。48歳でした。最期の食事としてリクエストしたのは以下のメニューです。

  1. ドイツ料理のシュニッツェル
  2. フライポテト
  3. ボトルの白ワイン

ペーターは同じメニューのおかわりを要求し、それは受け入れられたといいます。

ちなみに現在、ペーターが処刑されたドイツのケルンのローカルレストランで、シュニッツェルを注文すると、およそ3ドル(約360円)~といったところでしょうか。

余談ですが、漫画家手塚治虫氏はキュルテンの事件を題材にした『ペーター・キュルテンの記録』という短編マンガを発表しています。

ビル爆撃犯―ティモシー・ジェームズ・マクベイ

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1968年ニューヨーク州ベンドルトン生まれ。まさに良き時代のアメリカドラマのような家庭でした。姉と妹とは仲が良く、車工場で働いていた父親は少年野球のコーチも務め、旅行会社勤務の母親も理想的な女性に見えました。

ところがティモシーがまだ子どもの自分に、母親は離婚届だけ残して突然家出しました。

それまで両親の仲は円満だと思っていた上、幸せそうだった母親が自分たちを残して消えた・・・ティモシーは強烈なショックを受けます。しかも敬虔なカトリック信者一家で、毎週日曜には母親も一緒に、教会に欠かさず礼拝に出席していました。

1988年、第一次湾岸戦争にティモシーは兵士として参戦。非常に優秀な兵士として認められ、得意になった彼は特殊部隊への入隊を希望します。しかし体力が足りない、と不合格。この時に大きな怒りと失望を感じます。

1995年、オクラホマシティ連邦政府合同庁舎ビル(アルフレッド・P・ミュラー連邦ビル)を爆破させ、167名が死亡しました。ティモシーは逃亡を企てますが、車のプレートナンバーや目撃者による似顔絵により逮捕されました。

2001年6月11日にインディアナ州の刑務所で薬殺刑になります。親戚と名乗る1000人もの近い身内が処刑見学を希望したため、立会いできる身内(遺族)は抽選で決められました。

最期の食事にリクエストしたのは、

2パイントの量の、チョコ入りミントアイスクリーム

でした。大規模なビル爆撃テロを起こした犯人でありながら、最期に希望したメニューはわずか数百円程度のアイスクリームだった、というわけです・・・。

差し出された煙草も拒否―サダム・フセイン

2006年の12月30日(イスラム教の犠牲祭の初日)に絞首刑で処された、イラクの元大統領サダム・フセイン。銃撃一発で処刑される事を希望したものの、それは受け入れられませんでした。処刑の様子は携帯電話で撮影され、ネットを通じて世界中に配信されました。

フセインは人生最後の食事は何がいいか、問われていません。要求とは関係なく、最後に出されたのは

  1. 茹でたチキン
  2. ライス
  3. はちみつを混ぜた白湯

お国の料理を思わせるメニューですが、フセインはこれらを一切口にしなかったといいます。また勧められた煙草も拒否をし、コーランを唱えただけだったそうです。

もしかしたら・・・死ぬ直前に一番毅然としていたのは、今までの犯罪者の中ではフセインが一番だったのかもしれません。(彼を犯罪者と呼ぶかどうかは難しいところかもしれませんが)

ちなみにフセインの総資産は約20億ドル(約2420億円)だったと言われています。

最期に決して高級料理を欲するわけではない

以上、犯罪史に残る極悪死刑囚たちの人生最後の食事メニューでしたが、これらを見てどう感じましたか?

無論、彼らの個人的思い出はまったく知りませんが、きっとどれもそれぞれにとって一番の思い出の食事だったのではないか、と思います。チョコミントアイスに強い思いがなければ、人生最後の食事に選ぶなんてことはないでしょう。

食事限度予算が設定されている刑務所もあれども、今まで口にする事もできなかった超高価な食事を頼んでやれ!と願う死刑囚はどうもいないような感想を抱きます。

子ども時代の暖かい思い出、家族や伴侶、自分の子ども、仲間たちとの懐かしい思い出がある食事メニューを人生最後に注文したい・・・人間味溢れる話ですが、彼らは無垢な人々を殺した殺人者たちという事を忘れてはいけません。

ネット上ではアメリカ人もイギリス人も議論で沸いてます。

そもそも死刑制度ってどうなの?(アメリカと違いイギリスでは死刑制度は廃止になっています)なぜ死刑囚に好きな食事をさせるの?それって必要あるの?国民の税金よね?等々、本当に数多くの意見が寄せられていますがその一部をご紹介したいと思います。

この記事の海外に対する反応

これ以上太るって気にしないで思う存分食べられよね。

召し上がれ、そして行ってらっしゃい!

不健康な食事を最後に希望するもんなんだね。

死ぬって分かっていない時はダイエットコークを飲んでいただろうに、死ぬと分かった途端、普通のコーラを飲みたがるっていうのもよく耳にするよ。

僕だったら最後にラザニアとパンとバタープディングを食べたいなあ。

戦地で戦って明日死ぬかもしれないっていう状況でも、最後に好きなものは食べられないよね。

なぜ人殺しをした殺人犯だけ、人生を終える最後に好きなものを食べられるのだろう。

死刑制度があるのは、アメリカとイスラム教の国々と中国くらいだよね。

死刑が行われているのはアメリカ以外にイラン、イラク、イェーメン、サウジアラビア、中国、北朝鮮くらいじゃないの?

↑日本、インド、シンガポール、台湾、韓国も死刑制度があるはずだよ。

処刑前に死刑囚人が望む食事を提供するってどうなのかしら。

極悪犯罪連中が望む食事をどうして与えるの?なぜ最期に安らぎを与えるの?奴らに殺された被害者たちが、殺される前に何か望む事を与えられたっていうの?

人を殺して罰として処刑される・・・でも最後に良好な食事を与えられる・・・矛盾していない?

私は彼らに最期に望む食事を与えるのはいい事だと思うわよ。

懐かしい味、美味しい味をかみしめながら「ああ死ぬんだなあ」「もうこういう食事はできないんだなあ」と後悔させる事はいいんじゃないかしら。

総じて最期にカロリーが高いコルステロールのある食事を食べたがるんだな。

デブになって電気椅子のベルトが締まらないようにしようとした死刑囚もいたというよね。

死刑制度は反対だ。そして死刑囚に最期のリクエスト食事を与えるのにも反対だ。犯罪者は無人島に送還し、野垂れ死にさせればいいと思う。

↑イギリスがそれを実際に行ったよね。そしてその島はオーストラリアという国になったよね。

幼い無邪気な子どもを殺した犯罪者たちに、最期に温かい食事を?ばかげた事だと思う。

処刑台に送りこむ前の小さな善意・・・例えモンスターであろうと、最後の善意・・・死ぬ前に好きなものを食べさせてやってもいいんじゃないか。

殺人者であろうと、美味しい食事を美味しいと感じるわけよね。人間らしさを思い出させてあげていいんじゃないのかしら。あの世に旅立つ前に。

率直に言って、俺は今腹ペコなんだ。これらの画像を見てお腹が鳴った。

死刑囚に本人が望むメニューを最期に食べさせる・・・いい事かどうか分からない。

でもこの件を巡って、社会が議論する。それによって死刑制度や人権への課題に移っていく。そういった面では意義がある事だと思う。

もっともらしく肯定する奴ら。おい、いかれているのか?死刑前に素敵な食事?ジョークにしか思えない。へどが出る。

なんで俺たちの税金が殺人者たちの最期の食事に使われるんだ?ふざけるな。その分の予算を被害者の遺族のサポートに使うべきだ。

反対派の人々へ。もしあなたの大事な人や家族が死刑囚になった時、最期の食事反対の意見はがらりと変わると思うわ。

議論はさておき・・・意外だな、誰もピザを希望しないんだな。

ケンタッキー・フライド・チキンはジョン・ウェイン・ゲイシーが最期にリクエストしたメニューを「死刑囚セット」で売り出せばいいよね。ヒットするんじゃない?

最期に望む食事は何でも食べられる・・・王様、女王様のようね、ふうん・・・。

ほとんどが身体に悪い食事ばかりだね。これらを毎日食べさせたら間違いなく勝手に死ぬだろうね。

野菜やフルーツだけを希望する死刑囚っていないのかしら?

【参考URL】
http://www.foxnews.com/leisure/2015/02/26/what-did-world-most-notorious-criminals-request-for-their-last-meals/
https://en.wikipedia.org/wiki/Ted_Bundy
https://en.wikipedia.org/wiki/Adolf_Eichmann
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Wayne_Gacy
https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Hauptmann
https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_K%C3%BCrten
https://en.wikipedia.org/wiki/Timothy_McVeigh
http://petapixel.com/2012/12/06/the-last-meals-requested-by-death-row-inmates-before-their-executions/
http://www.buzzfeed.com/alanwhite/12-pictures-of-death-row-prisoners-last-meals#.jl1BbnE0Ol
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2564695/Lobster-tail-steak-apple-pie-ice-cream-followed-lethal-injection-The-meals-death-rows-notorious-residents.html#comments

最期の食事は、殺人鬼が人間らしいことをする最後の行為なのかもね。

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この記事に対するコメント
  1. 日本の名無しさん より:

    消化される前に殺されちゃうんだろ?
    何で食欲だけ満たさせて、性欲はダメなんだ?
    あと問題は、食事時間がどこまで許されるのか、だ

  2. 日本の名無しさん より:

    被害者は最期の望みや晩餐はできたのか?無惨に殺された。死刑囚にそんな事しなくてもいい舐めんな!
    無惨に死刑執行してやればいいんだよ!犯罪者に甘すぎ!だから復讐や仕返しがなくならない。俺の身内が殺されたら司法になんて任せない。俺が捕まえて拷問AND拷問して何年も苦しめてから殺してやるわ!ゴミ屑の死刑囚にはそれくらいやらなあかんねん!

  3. 日本の名無しさん より:

    殺された人は好きなものリクエストもできないし。死ぬことも告げられていない。
    何十人も殺しても本人だけで済ませてくれるんだから寛大な措置だ。

  4. 日本の名無しさん より:

    日本の死刑はいいよね。
    あいつら当日の数時間前まで知らないんだぜ。最高だよ。
    あとは最後の晩飯にゴキブリ混ぜて食わしてから、執行前に「昨日の飯にゴキブリ入ってたからwww」って言ってやればいい。

  5. ななし より:

    俺だったらふぐの肝を頼む

  6. 日本の名無しさん より:

    >死刑制度は反対だ。そして死刑囚に最期のリクエスト食事を与えるのにも反対だ。
    >犯罪者は無人島に送還し、野垂れ死にさせればいいと思う。
    たった二行で矛盾してるww
    野垂れ死と死刑、何が違うというんだろう

  7. 日本の名無しさん より:

    戦後出来たイスラエルという国家がアイヒマンを処刑できたことの正当性が全く納得できない…

  8. 日本の名無しさん より:

    冤罪で死刑になった人のことを考えると・・・・

    シナチョンと売国奴はその場で射殺で良いけどネ!

  9. 日本の名無しさん より:

    甘いものは不安定な精神状態を安定させ賦活化させるのにとても良いそうだ
    つまり一部の死刑囚には、自己の絶対死を乗り越え来世での復讐に心を研ぎ澄ます
    準備が出来ている者が何人かいる

  10. 日本の名無しさん より:

    1人殺せば犯罪者、万人殺せば英雄。
    フセインを英雄と思っている人は少なくはないと思う。

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