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国立銀行よりも強大な資金影響力を持つ男 ジョージ・ソロス

2014/07/21
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ジョージ・ソロス(1930- )は、ハンガリー生まれのアメリカ人です。世界有数の投資家で、慈善事業も広範に行うことで知られるビリオネアの一人でもあります。

ユダヤ系であるソロスは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの迫害から逃れる日々を送り、終戦後イギリスでの生活を経て、1956年9月、アメリカ・ニューヨーク市に移り住みます。

ソロスが慈善活動に取り組み始めたのは1979年でした。 2012 年には、ソロスの運営する基金、オープン・ソサイエティ・ファンデーションを通じた彼の生涯にわたる寄付金総額は、80億ドルを超える規模となっています。

そんなソロスのトリビアには、こんなものがあります。

・生まれたときの名前は、「ショロシュ・ジェルジ」でした。ハンガリーは日本と同じく姓・名の順となるので、英語圏で生活する際、発音以外にも名前の順番を変えています。

・彼の父は人工国際語である、エスペラント語の作家でした。ソロス自身も、エスペラント語を駆使できる有名人の一人とされています。

・ソロスはこれまでに3回結婚をしています。現在の妻は、日系アメリカ人のタミコ・ボルトンさんで、2013年に挙式しました。2人の年齢差は41歳です。

ジョージ・ソロスの生い立ちとイギリスでの大学生活

ジョージ・ソロスは、1930年8月12日、ハンガリーのブダペストに生まれました。父ティヴァドーは、弁護士で作家活動もしていました。

ソロスが10代のときにナチス・ドイツによるハンガリー侵攻が始まり、終戦直後にはドイツ軍とソ連軍とのブダペスト銃撃戦のさなかにいましたが難を逃れました。

また、この頃ハンガリーは、当時の通貨ペンゲーが10垓(つまり10億兆)規模の史上かつてない猛烈なインフレに見舞われたため、ソロスは通貨為替も経験しています。

終戦後の1947年には、当時共産党が支配していたハンガリーを出国、イギリスへの脱出を図ります。さらに2年後、19歳のソロスはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに入学します。

しかし、この頃のソロスは外国人留学生とはいえ亡命同然でイギリスに渡ったため、決して裕福ではなく勉学の傍ら鉄道会社での荷運びなどをする苦学生でした。

彼は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで、カール・ポパーが著した自由民主主義に関する本、『開かれた社会とその敵』を読み、ポパーの主張は全体主義的であるとして反論するもその哲学の世界を深く学びました。

その著書の中に書かれている、「イデオロギーに真実はなく、個人の権利の尊重を維持する社会が繁栄できるときにのみ、社会は発展する」という理論が、ソロスのその後の人生に強い影響を与えたのです。

ソロスは1952 年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業しました。しかし、外国人ということもあり新卒後すぐには金融関係の仕事に就けず、いくつかの職を転々とします。

1953年にロンドンにあるシンガー&フリードランダーという会社で業界入りしますが、ここでも給料や個人業績はパッとせず、同僚の紹介で彼は大西洋を渡りアメリカ・ニューヨークに移り住みます。それは1956年9月のことでした。

ウォール街での活躍とファンドの設立

このニューヨークで、ようやく彼は大学の知識を生かせる仕事に就きました。ウォール街の証券会社 F.M.マイヤーでの仕事を得たのです。その後15年は、いくつかの証券会社に転職を繰り返し、トレーダーとしての腕を磨きます。

そして、1973年にソロスは彼自身のヘッジファンドを設立します。当初は「ソロス・ファンド」という名前でしたが、その後、「クォンタム・ファンド」と改名されました。

このファンドは投資家から1200万ドルの資金を集めました。ソロスが会長を務める会社の主力商品であるこの「クォンタム・ファンド」は多大なリターンを投資家、そしてソロス自身にもたらしました。

1200万ドルの資金が1980年には、4億ドルになったのです。実に、利回りは約3,300%(元本の33倍)という驚異的なものでした。

しかし、翌年の1981年にはファンドは大きく損失を出し、4億ドルの資金は2億ドルに半減します。これが「クォンタム・ファンド」の初めての危機でした。それまでの成績が驚異的であった分反動も大きく、この年は、22%のマイナスの運用実績となりました。

以降も、1987年のアメリカ株価大暴落(ブラック・マンデー)の際に単年度損失を出してはいますが、「クォンタム・ファンド」といえば、2009年のリーマン・ショックまで非常に好調な運用益を得られるファンドとして有名でした。

巨額のポンド売却とブラック・ウェンズデー

1990年代に入ると、ヨーロッパのEU加盟国では統一通貨(現在の「ユーロ」)の準備のための為替メカニズム構築が進んでいきます。

イギリスもその枠組みに参加しますが、ソロスは当時不況にあえいでいたイギリスが、EU最大の経済大国ドイツにあやかろうとしていると感じたのです。

「イギリス経済がドイツ経済に寄り掛かったままでは、ユーロ構想はいずれ立ちいかなくなる」

と感じたソロスは、同じEU内のイタリアが通貨リラの7%切り下げを行ったことをきっかけに、1992年9月13日、100億イギリス・ポンドを売り払いました。

当時のドイツ・マルクとの固定レートが崩れるほどの通貨が売られてしまったイングランド銀行(日本の日銀のような中央銀行)は、翌日から為替介入はもちろん、1日に二度の公定歩合の引き上げなどを行います。

しかし、万策が尽きソロスのポンド売却から3日後、ユーロ構想からの離脱、つまりEU内の固定相場制を終えることになります。

この9月16日が水曜日だったため、この日を「ブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)」と呼ぶ人もいます。(ソロス自身は、巨額の利益を得たため、「ホワイト・デー」と呼んでいるそうです。)

ソロスの慈善活動

ソロスが慈善活動を始めたのは1979 年のことでした。1984 年にオープン・ソサイエティ・ファンデーションという基金の団体を設立しました。

この基金は「正義、教育、公衆衛生、ビジネス開発、独立系メディアを発展させるため」のグローバルな取り組みに対し、広く資金を提供するものです。

このソロス主導による基金が援助した活動は列挙にいとまがありません。その活動をまとめたリストは500ページにも及ぶものです。

その一例としては、自然災害による被災者支援、ニューヨーク市の学童に対する放課後活動プログラムの確立、芸術分野の活動資金調達、ロシアでの大学運営システムへの金融支援、東ヨーロッパにおけるいわゆる「頭脳流出」への対策―などが挙げられます。

ソロスの影響と功績

慈善事業に多くの力を注ぐ一方、ソロスはその経済活動を通じ、アメリカ国内や世界の情勢に影響を与え続けています。

先に述べた1992 年のイギリス・ポンドの通貨危機から巨額の利益を得たことは、今でも議論の的となっています。

また、ソロスは金融市場の崩壊を予知する内容の本を執筆していますが、エコノミストの中には、「ソロス本人が、市場操作を通して金融システムの混乱を招く原因を生み出している」という批判をする人もいます。

このように、ソロスの活動に対しては賛否両論ありますが、彼が代表を務める多くの組織を通じて、大々的な人道的支援を行っている偉大な慈善家であるのは事実です。

また、全世界的な視点から資本主義や対テロ戦争について記した著書も12冊を数えるなど、ソロスは指折りの影響力を持つエコノミストとしても評価されています。

ソロスは2012年のフォーブス世界長者番付で22位にランキングされ、その資産は約200億ドル(2012年の平均レートで約1.6兆円)と推定されています。

【参考URL】http://www.biography.com/people/george-soros-20926527#synopsis&awesm=~oI53zNzN1QHWis
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%82%B9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%95%B5
http://moneyzine.jp/article/detail/111006
http://www.huffingtonpost.com/2013/09/21/george-soros-weds_n_3968579.html
http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic031/html/162.html
http://memorva.jp/ranking/forbes/forbes_world_billionaires_2012_world.php

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