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ステファン・キング、一番やりたかった夢をつかんだ元教師

2014/07/14
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はじめに

みなさんにとって、仕事とは、何ですか?

もちろん食べていく手段の一つであることには違いありません。でも、食べていくためだけに、仕事を何十年も続けていくって、人間にとって苦痛な時もあります。

この仕事を続けていけば、とりあえず、食べていくには困らない。でも、いつも心の奥底で、満足していない。そんな経験ないですか?

「このままで、良しとしよう!」と、自分に言い聞かせても、やはり「このままで、後悔しないのか?」と思いながら、子どもの頃を夢を追いかけている人も多いのではないのでしょうか?

「本当は、この道に進みたい!」と心の叫びを、自分自身で聞いたことはないですか。

今回は、自分の夢をあきらめず働きながら、その夢を追い続けた一人の作家について、ご紹介させていただきます。その作家の名前は、「シャイニング」や「キャリー」等のホラー小説で有名な、”スティーブン・キング”です。

生い立ち

スティーブン・キングは、1947年9月21日、アメリカ、メイン州、ポートランドで生まれました。スティーブンには、2歳違いの兄、ディビッドがいました。

彼の父は、スティーブンが、まだ幼い時に「煙草を、買いに行く」と言って出かけたきり、行方不明になりました。

スティーブンの父親が、行方不明になるまでは、スティーブンの家族は、ごく普通の幸せな生活を送っていました。

しかし、父親の失踪により、スティーブンの家族の生活は、一変しました。母親は、親戚に助けてもらいながら、スティーブンと、兄を育てます。

兄のディビッドはガリ版の印刷機を購入して、兄弟で、「Dab’s Rags」(ディブの悪徳新聞)という新聞を製作していました。

二人は、自分たちが作った新聞を、1部5セントで売ってまわります。その時、ステぃーブンは12歳、兄のディビッドは、14歳でした。いやはや、たいしたものです。

子どもの頃から文才が、あったのでしょうが、少しでも母親を助けたいという気持ちが、そういう行動を、させたのかもしれません。

1963年スティーブンは、友人のクリス・チェスリーと一緒に、18の短編集を出版します。文章を書くだけでもすごいのに、たかだか、16歳の子供が本を出版するなんて、すごい行動力だと思います。

小説家としてのスタート

1965年に、スティーブンは、雑誌コミックのレビューに、自分が執筆したストーリー「I Was a Teenage Grave Robber」(私は、10代の墓荒らしだった。)を投稿します。これが、彼が初めて、出版業界に実質的に関わった仕事と言えるでしょう。

高校を卒業した後、彼は、オロノ州にあるメイン大学へと進学します。学生時代は、学生自治会で大学の新聞を書いていました。

大学生の時、初めて長編小説「The Long Walk」(死のロングウォーク」を完成させ、その原稿を”ランダム・ハウス”へと持ち込みました。しかし、相手にはしてもらえませんでした。

*ランダム・ハウス・・・その当時における、世界最大の出版社です。現在は、ドイツのメディア・コングロマリットのベルテルスマンが所有しています。

「The Long Walk」(死のロングウォーク」は、ステファンが手掛けた初めてのホラー小説で、後に出版されます。また、「The Glass Floor」というタイトルの小説を書き、彼は、初めての原稿料35ドルを手にします。

スティーブンは、理学士号の称号を付与され、高校の教師の資格を取得して大学を卒業します。彼は、ガソリンスタンドで働きながら、執筆活動を続けます。雑誌「カヴァリエ」に、自分で書いた短編小説を投稿して、お金を稼いでいました。

1971年の1月2日、スティーブンは、タビサ・スプルースと結婚します。同じ年の秋、スティーブンは、ハンプデン・アカデミー高校の教師の仕事につきます。

年収は、6400ドルほどでした。キング一家は、その後メイン州、バンゴー西部にあるヘルモンへと引っ越します。

ブレイク

教師の仕事をしながら、スティーブンはキャリーという女の子を主人公にした小説を書き始めます。彼は、その原稿を2,3ページほど、書いたところで、これはだめな作品だと思いゴミ箱に捨ててしまいます。

妻のタビサが、この原稿を拾い上げて読み、「がんばって続けて」と夫を励まします。スティーブンは、また、執筆を続けて、原稿を完成すると世界有数の出版社の一つである”ダブルデイ”に持ち込みます。

1973年の1月のことでした。”ダブルデイ”は、その原稿を買い取ります。

同年の5月12日、”ダブルデイ”は、この原稿のペーパーバックの権利を”ニュー・アメリカン・ライブラリー”に40万ドルで売りました。

この原稿の、収入の半分は自分のものとなる契約を交わしていました。ですからこの時の収入のおかげで教師の仕事を辞めて、フルタイムで執筆活動に専念することになりました。

また、「キャリー」は、1976年に映画化され世界的に大ヒットしました。主役”キャリー”を演じたシシー・スペックと、キャリーの母親役を務めたパイパー・ローリーは、それぞれ、アカデミ賞にノミネートされました。

この作品は、内気でいじめられっ子の主人公キャリーが、超能力で、クラスメートや母親に復讐していくストーリーです。

キャリーが、その恐ろしい超能力を使って復讐する場面を見ましたが、思わず、息を止めてしまいました。あまりにいじめられ続けると、人間って、こんな潜在的な能力を発揮するのかも・・と私は思っていました。

でも、怖すぎてこんな能力は私には要りません。と宣言します。

スティーブンは、その後たくさんの小説を書きます。そして彼の作品が映画化されました。彼は、「Master of Horror」(ホラーの大家)と呼ばれています。彼の小説は33もの言語に翻訳され、35の国々で出版されています。

*ホラー・・・恐怖という意味です。

代表作

彼の作品は、たくさん映画化されていますが、その中でも、とりわけ好評だった作品を、紹介させていただきます。

「ミザリー」(1990年)

「ミザリー」は、1990年に映画化され大ヒットしました。この映画で主役を演じたキャシー・ベイツは、アカデミー主演女優賞を受賞します。

主人公ポールは、「ミズリー・シリーズ」を執筆している人気小説家です。彼は自動車事故に遭い、彼の熱烈なファンであるアニーと言う女性に、助けてもらいます。

アニーは、ポールを監禁し、自分の思ったように小説を書くようにとポールに迫ります。

これも、背筋ぞくぞくしました。人間の狂気って怖いです。

「スタンド・バイ・ミー」(1986年公開)

この作品は、ホラーではなく、家庭の愛情に恵まれない4人の子供たちが、線路づたいに死体を探しに行く冒険物語です。

主人公ゴードン(父親に嫌われている。)と、クリス(アル中の父親と不良の兄がいる。)が、お互いの悩みを打ち明けるシーンの演技は、本当に圧巻です。

アカデミー脚色賞、ゴールデングローブ賞作品賞、監督賞にノミネートされました。

「ショーシャンクの空に」(1994年)

スティーブン・キングの中編小説「刑務所のリタ・ヘイワース」が原作となっています。

冤罪で捕まった元銀行員の主人公が腐敗しきった刑務所の中でも、希望を捨てずに懸命に生き抜く姿を書いたものです。

収入

彼の、2013年現在の純資産は、約4億ドルと言われています。すごいですね。年間6400ドルで先生をしていた時とは、雲泥の差です。

終わりに

スティ―ブン・キング、彼が、成功したわけは、いろいろありますが、作家になるという自分の正直な気持ちに、逆らわなかったことです。

ともすると、食べていくための仕事に追われ、夢の実現はあきらめてしまいがちですが、彼は、貧しくても、書くことに情熱を注ぎ続けました。

”なりたい職業で食べていくこと”これって、なかなかできないものです。あきらめず前を向いて、努力し続けた人間だけが、その幸福を掴むことができます。

自分に正直に生きるって簡単ではないですが、やり続けたら、こんなに豊かな未来が待っていると、スティーブ・キングは我々に、語ってくれているようです。

【参考URL】http://www.biography.com/people/stephen-king-9365136#early-life&awesm=~oFO9PfRQLv1avv
http://www.imdb.com/name/nm0000175/bio?ref_=nm_ov_bio_sm

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