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架橋で世界一の成功者で金持ち、世界8位の李嘉誠は超努力家だった!

2014/06/11
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世界富豪ランク8位の李嘉誠と聞いても日本ではまったく聞いたことがないしどんな人?と思われる方も多いかと思います。そして架橋の中でダントツの1位の資産を持つ彼がどのような生い立ちで現在の地位にいたったのか、その成功エピソードを見て行きましょう。

死ぬほど勉強した幼少期、そして雑用へ

辛すぎる幼少期

1928年中国広州生まれの彼の家族は、日中戦争の戦火を逃れるため、1939年命からがら、おじを頼り香港に移住します。

砲弾から逃れられた安心もつかの間、彼の父は肺を患ってしまいました。長男の彼は‘お父さんの病気は疲労のせいだ。自分ががんばって勉強し、お父さんを喜ばすことができればきっとよくなるに違いない‘と看病の傍ら、勉学に励みます。しかし不幸なことに、その年を越すことなく、彼の父は亡くなってしまいました。

丁稚奉公へ

当時14歳の彼はやむなく好きだった勉強をあきらめ、自分が母親と3人の弟妹の分までがんばらなければ- と、おじの働く時計会社で雑用係として働き始めます。そこにいた3年間に彼が学んだことーそれは、顔色を伺うこと、機会を見つけては機敏に行動すること。

大富豪への転機到来

必死の努力と寝る間も惜しまず勉強

17歳になった彼は 金属工場、後にはプラスチック工場での営業の仕事を始めます。多くの秀でた企業家が、かつて営業職で下積み時代を過ごしたように、彼も人一倍努力しました。もともと読書が大変好きだった彼は、日中仕事をし、晩は古本を買って読み、読み終わるとそれをまた古本屋へ持っていって売り、また古本を買う…

そうして節約しつつ多くの知識を蓄えていったのです。彼にとって外回りの営業はけして簡単なことではありませんでした。毎回の緊張をなくすために、出かける前に話すべきことをよく考え、何度も繰り返し練習し、ついに緊張を克服し、それだけでなく、持ち前の観察力と分析力を生かし、営業を得意とするまでになります。

だんだんと才能が開花していく

勤勉さと新たな発想

この二つが彼の営業のモットーです。翌年営業成績のよかった彼は部長に昇進し、さらに二年後には、そのプラスチック会社の社長になったのです。

その後数年、さらに経験を積んだ彼は、会社にいる以上自分がどんなに努力してもやはり会社は会長のものであって、自分のものではない。成功も失敗も自分個人のものではないと感じた彼は、社会に向けて自分の価値を示したい!と起業を決意したのです。

ついに起業することに

絶望なまでの苦労の連続

1950年 自分の貯蓄と親戚、友人からの借り入れ5万香港ドルで长江塑胶厂【長江プラスチック工場】を起業。おもちゃや簡単な日用品といったプラスチック製品の製造を始めます。

持ち前の賢さと、誠実な経営で、出だし順調。しかし経験が浅く、少しの成功に気をよくした彼は、十分な資金がないにもかかわらず会社を拡大しようとしたため、受注に生産が追いつかず、品質が落ち、欠陥商品を産み出すことに。クレーム多発。

資金借入先の銀行、原料仕入先、弁償を求める顧客、給料を支払ってもらっていない従業員たちが日々彼の元に押し寄せ、ついに破産の危機にまで陥ってしまったのです。

振り返って彼は言います、1950-55年、暴風雨の泥の中で転がり回っていたような頃を思うと、いまだに胸が痛むと。

どん底からの転機到来

そんな中、冷静さを失わなかった彼は、国際市場を分析し、『自分が行ってきたプラスチック製品市場は飽和状態ではないか、すでに生存競争に打ち勝つことはできない』と感じます。

そして目をつけたのが一冊の英語雑誌で紹介されていた、イタリアのとあるメーカーがプラスチックで作る造花を欧米市場に広げようとしているという記事。すぐに、‘これはいける!人はひとたび生活に余裕が出てくると、心を満たそうとする。もし水やりや植え替えが不要で、なおかつ美しい花があれば、忙しい人々の心を満足させることができるのではないか‘

そう考えた彼は、きっとすぐに造花が一大ブームになる時が来ると読んだのです。

会社復興の望みをかけて、彼は生花に似た美しい造花を作るための技術を学ぼうと新たな計画を始めます。しかし、いつでも新たな技術、アイディアを学び取るのは至難の業。そのため彼はあるときは買い付け人になり、あるときはセールスマンになり、さらには短期従業員にも扮して、造花を作るための技術・情報を学び取っていったのです。

それだけでなく香港及び国外のプラスチック業界の専門家をよび、研究を進め、一方で市場調査・国際市場の需要の分析も進めていきます。

そんな地道かつ勤勉な努力の元に生み出された造花は`香港フラワー‘ と呼ばれ大ヒット。

成功の影には素晴らしい人柄あり

大ヒットの影にも難しい時期はあるもの。こんなエピソードがあります。資金繰りに困難を期していた時、大口顧客になる可能性を秘めた人物が彼の会社を訪問してきました。

商談の中で彼は、8種類の趣向を凝らしたかつ繊細に作られた造花を取り出します。そして誠心誠意こう訴えます。「この8種のデザインはどれも、夕べ私と従業員が寝ずに考え制作したものです。

5種はあなたの求めに合うもの、残りの3種はあなたの求めの上に季節需要と中華民族の伝統的な要素を加味して制作してみたものです。お気に召したらすべてお持ち帰りお選びください。ぜひ御社と長期で契約したいですが、弊社は今資金繰りも難しい状況です。

しかし香港で一番の価格、品質、デザインで、もちろん納期を守り納品することをお約束します。このサンプルはすべて差し上げます。共にビジネスできることを願います」と。

彼の誠意のあふれたかつ真摯な姿勢に感動した相手は、その場で彼に手を差し伸べ握手し、即刻契約したという事です。こうして彼は危機を脱出することができました。

大富豪への歩み

不動産業界へ注目

1958年年明け、ビジネスの成功に、非常に満たされた気持ちで一人郊外へと車を走らせながら彼はまた考え始めます。今は造花がブームだけれど、いつまでも続くわけではない。なにかまた新たな事を始めなければ。考えに考え、思いつきます。`そうだ不動産だ!自分の工場も毎回契約更新をしなければならない、もし自分がビルを建てれば、自分がオーナーになれるだけでなく、その空いた部屋を貸し出すこともできる!‘

彼は以前から 一旦思いついたら簡単にはあきらめません。けして後悔しないために。

1958年、香港北部のとある一角に12階建ての工業ビルを建設し、不動産業に乗り出します。1960年にはさらに二棟のビルを建て、折りよく香港の不動産バブル時期とも重なり、こうして、会社経営から不動産業へと転換していきます。

彼のビジネス方針は、安定の中で発展を求め、発展の中でも安定を忘れない。慎重で、安易に危険を冒すことはしないが、先見の明に秀でた彼は、チャンスだと見抜いたら努力も資力も惜しみません。

フルスピードで世界進出へ

1971年、長江不動産有限会社とあらため、翌1972年香港株式市場に上場。すでに香港最大の不動産開発業者となっていました。その後1970年代後半には、国外企業への投資も始めていきます。そして現在では、通信、エネルギー他、世界57ヶ国で起業活動を展開する一大企業となっているのです。

金儲けだけではない慈善活動家

慈善活動基金を設立

1980年には自信の名を付した慈善活動基金を発足させ、翌1981年には、故郷の中国広州に私財から690億円を投じて大学を設立。その後も孔子学院への援助や、さまざまな災害地へ多額の寄付を行っています。

並外れた、先見の明、鋭い洞察力に加え、アジアの伝統文化に縛られない彼の企業理念もその後の発展に大きく寄与していることでしょう。多くの場合、家族・親族を重視し、彼らを起業の重役に置くことが多いアジア文化の中にあって、彼は優秀な人材の発掘にも大変意欲的です。

早くから外国人を積極的に採用し、しかも重要ポストを任せる。優秀な社員をイギリスに派遣し、法学を学ばせたこともありました。競争の厳しいビジネスの世界にあって、彼の、すばやくかつ確かな企業戦略は、社員たちに自信を持たせ、かつ誠実に社員に接する姿勢は、彼らをいっそう`会社に尽くそう‘という気持ちにさせるのです。

李嘉誠が今でもしている習慣

84歳になる彼が今でも続けている二つの習慣。

その1.寝る前には必ず本を読む。
自分と直接関係のない分野であれば、要点に重きを置いて。関係する分野であれば、どんなに難しくても読み通す。

その2.夕食後毎日10~20分英語の番組を見る。
見るだけにとどまらず、大きな声を出してシャドーイングする。回りに遅れをとらないためです。

そんな若い頃からの勤勉さと努力を惜しまない態度があってこそ、変化の激しい国際投資市場にあって、鋭い洞察と非凡な先見の明を示せるのかもしれません。

こうして彼、李嘉誠は今や華僑の中で15年連続富豪No1, 2013年の世界長者番付でNo、8の投資家、慈善家として知られるようになったのです。

【参考URL】

http://www.zhlzw.com/lz/ys/47076.html

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この記事に対するコメント
  1. 日本の名無しさん より:

    ×架橋 → ◯華僑

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