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李宁 LiNing  オリンピック金メダリストから有名スポーツメーカー社長へ

2015/01/25
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中国の街中、どこの街にもあるLiNingブランドのスポーツ用品店。13億人市場で全国展開を手がけるこのメーカーの創設者は、1980年代大活躍した体操選手です。

どこの国でも、かつてのアスリートがその後ビジネスで成功するというのは、簡単なことではありません。ましてオリンピック金メダル量産国と言われる中国では、優秀なスポーツ選手はたくさんいます。

そんな中、実業家としても成功した彼は一体どんな人物なのでしょうか?

106個の金メダル

李宁は1963年、中国南部に位置する広西省の教師の家に生まれます。

7歳から体操の練習を始め、17歳でナショナルチームに入ります。1981年世界大学生選手権[World University Championships]男子で体操フリー・あん馬・つり輪の3種目で金メダル。この時から彼の黄金時代が始まります。

1982年、第6回 体操の世界選手権において男子7個の金メダルのうち、6個を獲得。19歳にして世界から`体操王子‘として知られるようになります。

1984年、ロサンゼルスオリンピック。彼一人で3個の金メダル、2個の銀メダル、1個の銅メダルを獲得。実に中国勢が獲得したメダル総数の5分の1。同時にこのオリンピックで最多メダル獲得者となります。

華々しい記録はそれだけではありません。

1986年 第7回体操世界選手権では男子総合・フリー・あん馬で3冠達成。1970年 体操の公式競技に出場するようになって、1988年の引退までの18年間の競技生活の中、彼が獲得した国内外の金メダルは106個。

うち国内全国試合が92個、国際試合が14個。国際体操連盟は、いくつかの技を彼の名前LiNingから命名。1999年には20世紀の優れたスポーツマン25名に、海外の有名選手と並んで選ばれています。

失態、挫折

1988年 ソウルオリンピック。この試合で彼は不覚にもつり輪から落下してしまいます。普段と同じような笑顔で競技場を後にしたものの、平常心ではありませんでした。

北京空港に降り立っても、金メダルを取れなかった屈辱を抑えられません。ひっそりと帰途についたのです。この後彼は引退を発表。26歳でした。

人生のコーチとの出会い

彼のスポーツ人生の中で、コーチ張健[チョウ・ケン]の存在は外せません。彼が17歳の時、張健が彼の素質を見抜いて国家チームに呼び入れたのです。そしてオリンピックという大舞台まで導いてくれたと言っても過言ではありません。

同様に、選手生活を離れ、ビジネスの世界に足を踏みいれようとした彼の人生のコーチとなったのが 李経纬[リ・ジンウェイ]です。

李経纬は広東省三水県出身の孤児でした。子供の頃からバスケットボールが好きで、地元の体育連盟の副代表を13年努め、そののち、酒メーカーの工場長を勤めていた人物です。

1984年、スポーツ飲料開発。この商品は、国家強化チームの指定スポーツドリンク、ロサンゼルスオリンピック・中国代表選手の指定スポーツドリンクとなります。この縁で、李宁と李経纬は互いに知り合っていました。

李経纬は李宁の素朴さ機敏さを大変評価しており、李宁は李経纬のビジネスマンとしての力量や豊富な経験を尊敬していました。こうして二人は年の離れた良き友となっていたのです。

オリンピックの失敗で、喝采と花束の中から地面に付き落とされたかのような経験をした李宁。賞賛は非難に。帰国した首都北京空港では、待ち受ける記者やカメラマンを避け、一人目立たない通路を歩きました。

そんな中一人花束を手に迎えてくれたのが李経纬です。彼は目に涙を浮かべ花束を受け取りました。そして同年12月、深セン体育館で開いた盛大な晩餐会で引退を発表した李宁。その会場で、純金の刀剣のつばを送ったのも李経纬でした。

ビジネス界へ

引退後、彼はどんな道を歩むか思案します。多くの引退したスポーツ選手のように、コーチになるかあるいは政府の役人になるか。彼にも多くの声がかかります。地元広西省の体育委員副主任、また海外からのコーチの誘い、更には芸能界からの誘いまで。

その丁度決めかねていたとき、再び李経纬が現れます。そしてこうアドバイスしたのです。

目先のことだけでなく、長い視点で物事を見るように。引退後コーチないしは政府の仕事というレールではなく、新たな道を切り開いて、新たなコースとしてもいいんだ

この時李宁は深センに体操の学校を設立したいと願っていました。

しかし、人生経験、ビジネス経験の豊富な李経纬は、「企業の協賛にだけ頼っていては、無理だ。一定の経済的基盤は絶対に必要だ。長期的に物事を見るように。ビジネスからスポーツを発展させていくのはどうか」と説いたのです。

彼自身考えました。起業ブームの時でもありました。26歳の彼、自分も何か社会の中で経験したい学びたい成し遂げたいと考えます。

7歳からずっと練習練習。あん馬の上で過ごしてきたのです。自分はまだ若い、もっと学ばなければーこうして、李経纬の誘いを受け、彼の会社`健力宝‘に入ります。

同時に李経纬は、李宁の名で健力宝のブランド価値を高め、資金調達し、李宁の名でスポーツ用品ブランドを立ち上げるよう勧めたのでした。

新たな険しい道のり

こうして 体操選手として過ごしてきた彼が、宣伝・市場調査・工場建設準備と180度異なる畑を歩み始めます。

しかし生まれ持った直感と、何度もの海外遠征で培ったセンスで、アクティブで斬新な広告を生み出し、大きな反響を呼びます。この年健力宝の営業利益は3000万元増加。

李経纬は李宁にスポーツウェア製造の工場建設計画を勧めます。しかし、資金はどうしたらいいのでしょうか?健力宝が売上好調とはいえ、初めに投資した広告費の返済で手一杯です。

二人は考えます。海外企業と提携しようと。

李経纬のサポートのもと、李宁は国外に赴き、出資者を募ります。ここは元2大会連続オリンピック金メダリスト。すぐに3件の同意書を得、シンガポールのメーカーと合資会社として提携することができたのです。

こうして`健力宝運動服装有限会社‘ 設立。LiNingブランドのスポーツウェアを主力商品とする会社の社長となります。

工場設立、会社設立まではこぎつけましたが、売り込まなければ、宣伝しなければ売れません。どうしたらいいでしょうか?

17年間競技生活を送ってきた彼はすぐに素晴らしいアイディアを思いつきます。まもなく北京で開かれるアジア選手権の聖火台で宣伝するのです!

しかしそのスポンサー費用は巨額です。李宁も健力宝も手が出ません。それでもまたとない機会。逃したくありません。かつてのスターとしての立場を生かし、また愛国心に訴え、関係当局に働きかけます。

「もし聖火台のスポンサーが海外企業の手に渡ったら中国人として恥ではないですか。12億の国民が悲しみますよ」と。

結果、想定されていた額よりかなり安い経費で彼の会社がスポンサーになったのです。1990年、スポーツ選手代表として自社製造のウェアを着た李宁は聖火リレーに加わります。こうしてLiNingのブランドが大きく知られるようになりました。

中小企業から大企業へ

この成功を受け、彼は首都北京・広東省に支店を設立。経営の中心を北京に移します。LiNingブランドのスポーツウェア・シューズ及び系列商品は高い評価を得、中国チーム海外遠征のウェアとしても選ばれます。

健力宝の下で育ってきたLiNingブランド。しかし健力宝は地元出資による半ば国営企業。彼の心の中で、自社を現代化したい、完全に独立したい、という思いが強まります。

しかし一方で、李経纬の恩を裏切ることになるのだろうか、世間はどう見るだろうーと気になります。

1994年 証券取引専門誌のとある記者の紹介で、北京某大学の一教授と知り合います。当時、中国株式改革の第一人者と言われていた人物です。彼は、生産権、商標権の観点から、健力宝と完全に離れるのがよいこと、そしてそれは裏切りではないことを彼に力説します。

この教授も、李宁の人柄を見、今後潰れてほしくない、いっそう飛躍して欲しいと願ったのです。

多方面からのサポートを受け、彼は完全な独立を決断します。李経纬は彼の決断を快く支持。当初健力宝が投資した1600万元を支払うということで合意します。

1997年 香港市場上場。1998年からはドイツ・台湾・日本といった各国企業と提携。営業戦略強化。

こうして、中国最大スポーツ用品メーカーとなったのです。

まとめ

彼の成功は、元金メダル選手という肩書きによるものだけではないようです。

華々しい過去を持ちながら、人生の先輩から謙虚に学び、自身も労を惜しまない。人は往々にして一度成功すると、頭を下げて学ぶことが難しくなると言われますが、彼はそうではなかったようです。そして彼のその人柄が、多くの優秀な人物を引き寄せたのでしょう。

【参考URL】http://58cyjm.com/html/view/20028.shtml
http://www.wangyeba.com/management/zzgs/200711/9017.html
http://www.thmz.com/col21/col199/col207/2008/04/2008-04-22267369.html

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