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もやしっ子がプロバスケットボール選手に!マヌ・ジノビリ

2014/08/21
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マヌ・ジノビリという人物をご存知でしょうか。彼はNBAのプロバスケットボールプレイヤーで、サンアントニオ・スパーズに所属し活躍している人物です。

「計画の無い男」と呼ばれ、そのお気楽なキャラクターながらにもトッププレイヤーの一人としてのスーパープレイがファンを魅了し、多くのファンを惹き付けている人物です。

彼の活躍がチームに貢献し、2014年にはサンアントニオ・スパーズはチャンピオンシップで優勝の座を手にしました。アルゼンチン出身の彼。

「どのようにしてかはわからないが、僕の目的はボールが来たら、ゴールのバスケットの中に入れるだけだ。」-マヌ・ジノビリ

ジノビリ氏の生い立ち

少年時代のジノビリ氏

エマニュエル・デイヴィッド・ジノビリは1977年7月28日にアルゼンチンのバヒアブランカで誕生しました。父親のホルヘと母親のラクエルの間に生まれ、レオナルドとセバスチャンという二人の兄を持っています。

彼は、小柄で細身の少年で、誰も彼がバスケットボールのスターになるなど予想もしてなかったと彼は言います。しかし、彼の体格とは裏腹にジノビリ氏はスポーツの才能に溢れた少年で、彼はサッカーでもバヒア・ブランカの町でも類稀なる才能を発揮します。

バスケットボールで有名で、多くのバスケットチームがあるバヒア・ブランカの町。ジノビリ氏の父であるホルヘも優秀なバスケットボールプレイヤーで、優秀なポイントガードとして活躍しました。

ジノビリ氏の二人の兄、レオナルドとセバスチャンもチームのトッププレイヤーとして活躍していました。

そんな環境の中、七歳以上年が離れた兄達の試合や練習にくっついていき、小さいながらも一緒に練習したりし、バスケットボールへの興味をどんどん延ばしていきました。バスケットボールに興味津々の小さな少年はどこへ行っても可愛がってもらったのです。

レオナルドのコーチは、少年のジノビリ氏に目隠しをしたままドリブルをする技術を教え、セバスチャンのコーチ皆の練習中にはジノビリしがいつもボールを触っていられるよう、スペアのボールを用意してくれました。

そんな、周りの配慮と優しさに触れながらのびのびとバスケットボールの楽しさを学んだジノビリ氏。しかし、彼の興味はバスケットボールが楽しいと思うだけに留まりませんでした。

ジノビリ氏のアイドル

ジノビリ氏は時間があれば常にNBAの試合を観戦していました。通常ゴールデンタイムに放送されるのはファイナルくらいで、他の試合は明け方や夜中に放送されていましたが、必ず起きて放送を閲覧していました。

彼のアイドルはマイケル・ジョーダンでした。ジノビリー氏はマイケル・ジョーダン氏の勝利への意思、創造性、才能に惹き付けられ、彼の両親が許す限り、延々とマイケル・ジョーダン氏のプレイのビデオを鑑賞しました。

親友ペペとの対比

父のホルヘはジノビリ氏がバスケットボールへの情熱をどんどん大きくしていくのを嬉しく見守り、友達もジノビリ氏を応援していました。

ジノビリ氏の少年時代の親友であったぺぺはジノビリ氏同様スポーツに情熱を注いだ少年で、優秀なポイントガードでした。

ペペはジノビリ氏よりも長身で体力も有り、小さな頃から国際試合などにも参加しており、町の多くの人々はペペの実力を認めていましたが、一方で、だれもジノビリ氏がプロへの道を歩むなどとは想像もしていませんでした。

二人が高校生になる頃には、両者の進む道は明らかでした。ペペはアルゼンチン・ジュニアチームのスター選手でしたが、ジノビリ氏はバヒア・ブランカの町のチームにも入ることさえ危うい状態だったのです。

ついにジノビリ氏の時代が!

そんな友人を見て、焦りと羨望を感じたジノビリ氏。チームに入れずともめげずに毎日練習に励みます。

なんと、彼が高校二年生の頃には彼の身長も10インチ以上伸び、小柄だった彼の身長は二メートルにも達していたのです。体重も160ポンドとなり、バスケットボール向きのがっしりした体つきになってきたのです。

その間に練習を休まず続けていたジノビリ氏は成長した体格と技術を合わせてめきめきと上達していったのです。

ジノビリ氏は彼のアイドルであるマイケル・ジョーダンのように、ゴールを決める際に数秒長く飛んで、ゴールにぶら下がるようにして空中に浮くダンクを得意としています。

18歳になる頃には、ついに彼は親友ペペを追い越し、アルゼンチンでプロ入りを果たします。

ジノビリ氏のキャリア

キャリアの始まり

そして最初の何年かのキャリアはアルゼンチンとイタリアで培い、その間に多くの個人賞やMVPも受賞します。国際的なプレイヤーのなかでも、彼は早いスピードで迫力のあるプレイをするのが特徴で、それが多くのファンを惹き付けています。

NBAのチャンピオンシップ優勝とオリンピックの金メダル、そしてユーロリーグのタイトルの三つを全て獲得した選手はこれまでにジノビリ氏とビル・ブラッドリー氏の二人だけと言う快挙を成し遂げています。

彼の最初のキャリアであるイタリアのキンダー・ボローニャでの活躍は特に顕著で、ジノビリ氏はイタリアンリーグのMVP賞、ユーロリーグ・ファイナルMVP賞、そしてトリプルクラウン・チャンピオンシップのタイトルを獲得したのです。

ついにNBAへ!

そして1999年にはNBAの57番目のドラフトでシューティング・ドラフトで指名され、ついにジノビリ氏は念願のNBA入りをするのです。

その時指名されたサンアントニオ・スパーズに200万ドル(約二億円)の契約で入団し、それ以来現在でもサンアントニオスパーズでもスター選手として活躍しています。

2007-2008年のシーズンにはNBA全体で六番目のスタープレイヤーにランクインされ、そのプレイとファンからの人気を誇っています。

怪我が足を引っ張る

そうして念願のNBA入りを果たしましたが、サンアントニオスパーズの練習に最初に参加したばかりの頃は、アルゼンチン時代に故障してしまった足首がまだ完治しておらず、最初の数週間はベンチから練習を見ているだけと、もどかしい時期を経験します。

しかし、少しずつでもできる限りの練習を続け、そのシーズンのチャンピオンシップのゲームの頃には、チームメイトはジノビリ氏が素晴らしいシュートの技術を持っている事に気づき、チームの一員として受け入れられ始めます。

その後はチームのスタープレイヤーの一人として、チームを引っ張っていき、2014年のチャンピオンシップではスパーズは優勝と言う栄誉を飾るのです。

過去にも三回チャンピオンシップの優勝を経験しており、スパーズを強豪チームへと成長させる重要なキーマンともなるのです。

そうして成功の道を歩み、現在、ジノビリ氏はサンアントニオスパーズの中でもファンの最も多いプレイヤーの一人で、地元テキサスで多くのファンから愛されています。

まとめ

もやしっこで、バスケットボールの上手な親友を羨望の眼差しで見つめていた少年ジノビリー氏。バスケットボールが上手いとはお世辞にも言えなかった少年時代も、ずっと練習は辞めず、毎日練習を続けていました。

その成果が実り、体格も成長して誰も予想していなかったアルゼンチンのプロチームでのプレイ、そしてついにはNBAプレイヤーまで上り詰めます。そんな真摯で真面目な姿勢が彼をトッププレイヤーの成功まで持ち上げたのでしょう。

また、NBAでプレイし始めたばかりの頃は足首の故障でなかなか思うようなプレイができなかった時期も経験しながらも、少しずつ練習に励みます。

そんな地に足の着いた、地道な努力や、チームメイトに受け入れてもらえない時期にも耐え練習を続けた辛抱強さが、現在では彼をトッププレイヤーであり、ファンからも人気プレイヤーとして活躍する選手へと成長させています。

そんなジノビリ氏の生き方から学ぶところは私達も多いのではないでしょうか。

まだまだ、現役で活躍しているジノビリ氏。2014年のチャンピオンシップでの優勝を祝うと共に、今後の活躍も更に期待したいですね!

※名前にミスがあったので修正。ご指摘助かります。

【参考URL】http://www.jockbio.com/Bios/Ginobili/Ginobili_bio.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Manu_Gin%C3%B3bili

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この記事に対するコメント
  1. 日本の名無しさん より:

    ジノビリのユーロステップは、するかもと分かっていても圧倒されちゃうな〜。
    3とか決まりだしたら、手に負えないよね。
    本当に相手を翻弄する。
    彼が機能してる時のスパーズは、とにかくリズムがいい。

  2. 生粋の日本人 より:

    シクサーズにいたマヌート・ボルのほうがもやしっぽい。

  3. 日本の名無しさん より:

    曲者が試合を掻き回すのは見てて楽しい
    どこからでも点が取れるしアシストも上手い良い選手

  4. 日本の名無しさん より:

    法則からいって来期のスパーズの優勝はないな

  5. toc より:

    youtubeで初めて見ました。すごい選手ですね。。

  6. 日本の名無しさん より:

    ジノビリがハゲてるのもポイント高い

  7. 日本の名無しさん より:

    ドリブルから シュートに持って行くとき 相手のデュフェンスに 自ら 身体を先に誘うように 預ける 事で 相手が翻弄されるタイミングの取り方は、武術のようだ。ゴールを目指しているだけという彼のコメントが、全てをあらわしている。彼は 一切 デュフェンスを怯えていない。ゴールへの集中力が すごい。磁力に引き寄せられているかのよう。選手生活が、怪我の歴史であるのも、感動。身長が伸びる時期が遅かったせいで 独特の身体の使い方が可能になったのかもしれない。

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