TVディナー。不思議な名前ですよね。アメリカではお馴染みの冷凍食品です。
一つのトレーが3つか4つに仕切られ、それぞれにメイン料理、付け合わせ、時にはデザートなどが盛りつけられ、電子レンジで温めればすぐに晩ごはんができあがり!というお手軽な食べ物です。
この日本人には馴染のない「食事」を発明して、がっちり儲けた人物がいます。ゲリー・トーマス。会社勤めのサラリーマンからTVディナーの発明で一躍有名人の仲間入りをしました。
さて、トーマスさん、どんなサクセスストーリーでしょうか。
生い立ち
ゲリー・トーマスこと、ゲラルド・アーマン・トーマスは1922年2月17日、ネブラスカ州で生まれました。父親は弁護士でしたが、アメリカを襲った大恐慌の最中に失業し、そのため一家はオマハに移り、下宿屋を営み生活しました。
第二次世界大戦中、トーマスは信号司令部に配属され、戦後退役するとネブラスカ大学に入学します。
営業マンとしてスタート
1948年、26歳の時にトーマスはオマハにあったスワンソン社に入社します。当時、スワンソン社は主に業者に鶏肉や卵などの食材を卸す、全米でもトップクラスの卸業者でした。
営業マンとして働き始めたトーマスは有能だったようで、30歳にしてマーケティング部長にまで昇進します。
ひらめきは出張中の出来事から
トーマスが部長に昇進したその年のことです。スワンソン社の重役たちが真っ青になる事件が起こりました。270トンもの感謝祭用に仕入れた七面鳥が余ってしまったのです。肉を満載した10台もの冷凍貨車が延々とレールを占領するありさまでした。
この会社の危機が、トーマスに幸運をもたらします。トーマスは、ピッツバーグのある業者を出張で訪れたときのことを思い出し、問題解決のアイデアを思いついたのです。
運命のアルミトレー
その業者を訪れた時、トーマスは、箱いっぱいに詰まった金属製のトレーに目を留めます。そのトレーは、パンナム航空が海外へのフライトの際、機内食として旅客に温かい食べ物を提供するために開発中の商品でした。
「そのトレーはアルミホイルで包まれた仕切りのないトレーでした。」トーマスは後にアイデアの元となったパンナムのトレーについて語ります。
「そこで、私は彼らに頼んでみたのです。そのトレーを一つ貸してくれないかと。そしてコートのポケットに入れて持ち帰りました。」
トーマスは、このトレーに売れ残った七面鳥を調理して盛りつけ、冷凍食品にして売り出すことを閃いたのです。
TVディナーの誕生
さっそくトーマスは会社の創業者の息子達であるスワンソン兄弟に会いに行き、自分のアイデアを話しました。彼は、以前にも冷凍ポットパイという商品を開発して成功しているため、スワンソン兄弟はすぐにそのアイデアを採用します。
トーマスはまずトレーに3つの仕切りを付けて、別々の料理を盛り付けられるようにしました。これは、彼の軍での経験からでした。
「私は軍務に5年間就いていました。だから、軍の食事用の金属製のトレーがどんなものかを知っていました。」
「1つの皿の上に全部の料理がごちゃ混ぜになっていて、何の料理を食べているかわからないのです。そんなものを誰も食べたくないでしょう。」
七面鳥たちを呼び戻せ!
会社は、冷凍貨車に乗せられて彷徨っていた七面鳥の肉を本部へ呼び戻すと、さっそく調理にかかりました。そして、仕切られたトレーに料理を盛りつけ、グレービーソースで飾り、付け合わせのポテトとグリーンピースを添え、コーンパンも付けて、値段を98セントとしました。
こうして、メインから付け合せまで複数の料理を1つのトレーに盛り付け、全てを一度に温めて、そのまま食卓に出す、TVディナーが誕生したのです。
ネーミングも大切
新しく開発した冷凍食品にまず名前を付けなければなりません。そこで、トーマスは当時新しい娯楽として人々の関心を惹きつけていた「TV」の人気にあやかろうと、TVディナーという名前を付けます。
「私の予想通りでした。TVはブームでしたから、その名前を借りれば、人々の興味を引くだろうと。名前をとても大事に考えていたのです。どんな名前を付けるかで状況は一変しますから。」
パッケージにもこだわり、パッケージ全体をTVに見立て、TV画面に料理が映っているようなパッケージにしました。TVのイメージにとことんこだわったのです。
そんなトーマスですが、実は彼はその時TVを持ってはいませんでした。
TVディナー、大ヒット中!
1954年、遂にTVディナーを全米で売り出しました。最初は食料品店側もフリーザーのスペースも限られていたため、新商品を並べることに慎重でした。しかし、10ヶ月もたたない内に、1000万食ものTVディナーが売れたのです。TVディナーは大ヒット商品になりました。
当時のアメリカはマクドナルドが大成功を収めていたように、ファーストフードの時代でした。「速さ、安さ、手軽さ」が売りのTVディナーは、まさにこのトレンドに乗ったのです。
たった25分でメインから付け合せまで料理完了!瞬く間に全米の家庭の食卓風景を一変させてしまいました。
出世の階段をトントンと
TVディナーの大ヒットでスワンソン社は大儲け。トーマスも100ドル昇給し、1000ドルのボーナスを貰いました。彼は大満足。ただ、その後も売れ続けるTVディナーの売上を見て、ちょっぴり歩合制にすれば良かったなとも思いましたが。
ともかくトーマスは営業部長になり、その後マーケティング・営業担当取締役へと出世の階段をトントンと上がっていったのです。
悠々自適な人生
1955年にキャンベルスープ社がスワンソン社を吸収合併した後、トーマスは同社のマーケティング部門で働きます。
1970年、心臓病により会社を引退。その後は、お金持ちの楽園アリゾナ州パラダイスバレーに移住し、アートギャラリーのディレクターやコンサルティング業などをしながら、妻と子供と孫たちに囲まれて暮らしました。まさに成功者の悠々自適な人生です。
ハリウッドとスミソニアン博物館
引退後も数々の名誉を授与されます。
1999年、TVディナー誕生45周年を記念して、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに彼の手形が埋め込まれました。TVディナーそのものもアメリカ文化を象徴するものとして、1986年スミソニアン博物館に納められました。
ある時、レポーターがトーマスの家を訪ねたところ、家のフリーザーにはTVディナーは全くありませんでした。妻も語っています。「トーマスはTVディナーを食べないグルメ料理人でした。」
2005年7月トーマスは肝臓ガンでなくなりました。83歳でした。
まとめ:マーケティングの勝利
厳密にはTVディナーの発明者はトーマスとは言えないという説もあります。なぜなら、スワンソン社より前に業務用に似た商品を売っていた会社があるからです。
しかし、「TVディナー」というキャッチーなネーミングを考え、大衆の心を掴んだのは、トーマスとスワンソン社でした。
会社の危機を救おうと思いついたアイデア。そのアイデアはすでにあったものかもしれません。けれど、大衆へのアピールまで考えて商品化した。それがトーマスの勝利でした。
【参考URL】http://en.wikipedia.org/wiki/Gerry_Thomas
http://inventors.about.com/od/inventionsalphabet/a/tv_dinner.htm
http://www.loc.gov/rr/scitech/mysteries/tvdinner.html
http://www.today.com/id/8645487/ns/today-today_entertainment/t/inventor-tv-dinner-dies-age/#.U-gE-myCiP8
http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=4762513
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/07/20/AR2005072002422.html
http://www.nytimes.com/2005/07/21/business/21thomas.html?_r=0
http://www.doney.net/aroundaz/celebrity/thomas_gerry.htm
「貸してくれ」といって持ち帰ったのかよ。れっきとした窃盗じゃねーか
>この日本人には馴染のない
これをマネしてるのか偶々?なのかは知らないけど
日本でも各冷凍食品メーカーが同じようなの発売してるぞ
家の冷蔵庫にもイオンのレディミールは何個かあるよw
日本でもミツカンが一時出していてよく買っていたのですが、消えてしまいました。
どこか売り出してくれないかな~。
一方俺は使い捨ての皿に冷凍食品を並べた
冷凍食品に限らないけど後片付け嫌いだから使い捨ての食器を多用している
窃盗というか、そもそも機内食のナイフやフォークぐらいなら普通に持ち帰ってもお咎めがない時代があったわけで・・・今はたぶん無理だろうけどセキュリティ的にも
冷凍弁当出きるよね。学校の給食まこれでいい。生活保護への現物給付にもぴったり。
本記事には重大な問題があります。
発明者を名乗っているゲリー・トーマス氏ですが
そのトーマス氏サイドの証言をするスワンソン&サンズの当時の社員は一人もおらず
逆にゲリー・トーマス氏の発明者詐称を指摘する声が同社元従業員から多数あがっています。具体的に言えば商品の一切はスワンソンファミリーが開発し、ゲリーは単に一度ボツにした企画をあらためて通して命名だけしたといった内容です。
と、このように誰が発明者か大いに議論の余地がある状態であるにも関わらず、詐称疑惑のある人物に一方的に偏った記事を書くのは、正直おすすめできません。