その発明を世界中のほとんどの人が知っています。けれど、その発明をした女性を知っている人はあまりいないのではないでしょうか。
自動車のフロントガラスに取り付けられているワイパー。ワイパーのない自動車なんて考えられません。
では、そのワイパーを発明したのはアメリカの片田舎に生まれた女性であることはご存じですか。彼女の名前はメアリー・アンダーソン。
旅先で出会った光景から、ある一つの発明を思いつきました。その発明は今では世界中に知れ渡っていますが、メアリーの名が世に出ることはありませんでした。
メアリー・アンダーソンの生い立ち
メアリー・アンダーソンは1866年、アラバマ州グリーン郡で生まれました。
アメリカが南北戦争から復興しようとしている、そんな時代に育ちました。父を幼い時に亡くしたメアリーは、母や姉妹と一緒に父が残した遺産で暮らします。
1889年、一家はアラバマ州バーミンガムに移り住みます。そこに生活のためにアパートを建てたりしました。
1898年、メアリーはブドウ園や牧場の仕事をするために、いったん家を離れるのですが、再び、病気療養中の叔母の面倒をみるために、母や姉妹の元に戻ってきます。そして、この叔母からも遺産を受け継ぎました。
発明のきっかけ
メアリーがそのアイデアを初めて思いついたのは、20世紀になったばかりの冬、みぞれが降る、ニューヨークを訪れたときでした。
メアリーは、そこで路面電車の運転手が窓を開けたまま電車を運転し、時折、電車を止めて席から離れ、窓を拭う光景を目にしました。この光景はメアリーの好奇心をかきたてました。
「なんて手間のかかることをしてるのかしら。なんとかならないの?もっといい方法があるはずよ。」
さっそく、メアリーは発明にとりかかったのです。
旅行から戻ったメアリーは、いくつかの設計を始めました。そのうち、路面電車の車内にレバーを取り付け、そのレバーを手で操作して窓を拭く方法を考え出しました。
ゴム製のブレードが付いたバネ仕掛けのアームをフロントガラスの外側に設置し、レバーを引っ張ると、アームが左右に動き、そのブレードがフロントガラスを拭いて運転手の視界をクリアにするのです。
「この発明は、路面電車の運転手だけでなく、ドライバー皆の役に立つわ。雨や雪の日にニューヨークを路面電車で行き来する光景もすっかり変わってしまうはず。」
早すぎた発明
1903年、メアリーはこの発明で17年有効の特許を取得しました。メアリーのワイパーは、それまでのワイパーの発明に比べて、とてもコストが安く、悪天候の日にも使うことができ、人が拭くよりずっときれいに窓を拭けました。とても良い発明だったのです。
けれど、その発明でお金を儲けることはありませんでした。企業に発明を売ろうとしましたが、買ってくれる企業はなかったのです。なぜでしょう。
メアリーの考えたワイパーは、当時の人々には、ドライバーの気を散らせてしまい、事故を引き起こしてしまうと考えられたからでした。
また、一番の大きな理由は、当時はまだ自動車はとても高価だったため、一般には普及しておらず、スピードも速くなかったため、ワイパーを必要としていなかったのでした。
メアリーのワイパーの発明は、あまりにも早すぎた発明でした。売れないまま、特許は期限切れとなってしまいます。
その後、メアリーはアパート経営などして暮らし、1953年テネシー州で亡くなります。彼女の死を、ニューヨークタイムズやタイムズ誌など一流のメディアが報道しました。彼女の発明の価値がやっと世間に認められるようになったからです。
あと数年、時代が彼女に追いついていれば。そうすれば、彼女は大金持ちになっていたかもしれません。ワイパーの無い生活なんて、現代に生きる私たちには考えられませんから。
【参考URL】http://allaboutmaryanderson.wikispaces.com/The+Imact+of+the+Windshield+Wiper
http://www.moxiemag.com/moxie/articles/profiles/maryand.html
http://www.encyclopediaofalabama.org/face/Article.jsp?id=h-2553
鳴瀬益幸も同じ末路を辿るのかね?