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世界ランク常時20位以内の不動産王 ドナルド・ブレン氏の成功話

2014/07/15
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ドナルド・ブレンという人物をご存知でしょうか。アメリカの起業家として成功し、億万長者となった人物です。

フォーブズ誌では「アメリカでもっともリッチな人々」の20位以内に常連ランクインされており、セレブとしての地位を確固たるものにしています。

ベル・エアとビバリーヒルズで育ち、裕福な幼少時代を送った彼ですが、少年の頃には両親が離婚したり、海軍に入隊した際には強制退役となってしまったりと辛い時期も経験します。

そんな辛い時期も乗り越えながらも、アーバイン社という不動産会社を成功させ、現在ではカリフォルニアのオレンジカウンティーいち、影響力を持っている人物としてその地位を確立しています。

彼の成功の秘訣を見ていきましょう。

ドナルド・ブレンの生い立ち

ブレン氏は父親であるミルトンブレンと母親であるマリオン(ニューバート)の間に生まれます。

父親のミルトンはタレントエージェンシーのCEOで、成功した映画プロデューサー、そしてユダヤ教系移民の子孫でした。母親のマリオンは優秀な市民の指導者で、アイルランドの血が入っていました。

ブレン氏はカリフォルニアでも最もリッチなエリアであるベル・エアとビバリーヒルズで育ちます。そんな全てに恵まれた生活を送っていた彼ですが、両親が1948年に離婚し、少年ながらに辛い思いをします。

ミルトンは同年にアカデミー賞受賞者である女優のクレア・トレバーと再婚し、マリオンは鉄鋼のビジネスマンであったアール・M・ジョーゲンセンと1953年に再婚します。

しかし、学業面で優秀だった彼はそんな状況を跳ね除けるように学業に励み、ワシントン州一の名門校である、ワシントン大学に進学し、ビジネスと経済を専攻します。

また、彼は小さい頃からアクティブで、特にスキーの技術に秀でており、1956年にはオリンピックのスキーチームのオーディションを受けます。

しかし怪我のため、チームには結局入れず、大学卒業後はアメリカ海軍に入隊するのです。意気揚々と入学した海軍でしたが、最初のランクから、次のランクへの昇進を待たずに、すぐに強制退役となってしまいます。

この時の経験を、「大学でぬるま湯につかっていた後の軍だったからね。辞めさせられた時はとても辛かった。自分へのいい目覚ましになったよ。」と語っています。

しかし、強制退役させられながらも、ブレン氏は海軍の経験に価値を置いており、現在でもオレンジカウンティーで行われる海軍のイベントにはいつも参加しています。

退役後、ブレン氏は大学院へ進学し、法律の道へ進むことを考えます。

しかし、退役後すぐに旅行したニューポートビーチで、彼の子ども時代に夏休みにそこを訪れ、よく遊んだ思い出が蘇り、ニューポートビーチのウォーターフロントに売り出しとなっていた家を友人と銀行からお金を借りて一千ドルで購入するのです。

そして更にビジネスを始めることができるお金も借り、家を建てる事業を始めるのです。

ドナルド・ブレン氏のキャリア

海軍退役後、自分の家を一千ドルのローンで買い、そこで自分のビジネスを立ち上げます。ブレン・カンパニーという会社を設立し、カリフォルニアのオレンジカウンティに家を建築するビジネスを始めます。

その会社が上手くいき、1963年には他の二人の同志と共にミッション・ビエホ・カンパニーという会社を立ち上げ、一万エーカーの土地を買い、そこでミッション・ビエホという都市を計画し、ついにはその市を実際に作り上げてしまうのです。

ブレン氏はミッション・ビエホ社のCEOを勤め、その後ブレン社は国際新聞社が3千4百万円で買収します。そうしてブレン氏は世界でもトップクラスのセレブへの仲間入りをするのです。

その後ブレン氏は伝統的な不動産会社であるアーバイン社の株の多くを買収します。アーバイン社の株主の中でブレン氏が最も多い株を保有しており、1996年には会社のCEOとして選ばれるのです。

2005年に発行された、オレンジカウンティー内の雑誌であるOCウィークリーによると、

「ブレン氏は市長よりも力を持っています。たぶん、この地域では誰よりも力を持った人ではないでしょうか。人々の生活、買い物だけでなく、誰が地域を統治するかにさえ影響力を持っているのです。」

と書かれています。彼の影響力は計り知れませんね。フォーブズ誌では不動産部門の中で最もリッチな人物とされ、資産は140億円とされています。

ブレン氏の就任後、会社はどんどん成長し、現在アーバイン社の保有している敷地は総計一億スクエア・フィート(304キロ平方メートル)にも上ります。

また、480ものオフィスビルを抱え、41のショッピングセンター、125のアパートコンプレックス、ホテル3つ、ゴルフクラブなどの敷地を保有しています。

主にカリフォルニアのオレンジカウンティーにそれらの敷地を保有しており、ロサンゼルス、サンディエゴ、シリコンバレーなどにも敷地をいくつか保有しているほど、大きな会社へと成長するのです。

ドナルド・ブレン氏の資産と寄付

地域に根付いた起業家として、ブレン氏は土地の保護や保全、教育や研究に特に力を入れて寄付活動を行っています。ビジネスウィークマガジンでは、彼のこれまでの寄付学派130億円にも上ると伝えています。

また、アーバイン社で保有している土地のうちの52万エーカーの土地はそのまま自然として保存しておくようにしており、2006年にはこれらの土地が国家自然景観賞を受賞しています。

また、ブレン氏は公立高校や大学の教育機構などにも多額の資金を寄付しています。

ブレン氏の素顔

ブレン氏は、年齢よりもかなり若く、ハンサムなアスリートの面影を残しています。彼は得意のスキーでオリンピックのチーム入りは逃してしまうものの、ワシントン大学のスポーツ奨学金を受け取っていたほどの、優秀な選手だったのです。

政治的見解は保守的で、自分自身を「経済的には保守的、社会的には穏健派」と言い表しています。ブレン氏はプライベートライフをメディアなどからしっかりと守り、あまり公にする事はありません。

六人の子供がおり、最初の二人の子供は20歳と18歳で、最初の結婚から、その後四人は現在の妻であるブリジットとの間にできた子供です。

その二人のために、元妻と一億三千万円の扶養サポートを巡って法廷で争うものの、彼らが生まれた時に既に900万円をそれぞれに付与していたため、25歳までの学費を払うという条件のみで収まります。

「若い人は、私のように自分自身で反映する事が大事だと思う」というのが彼の教育信念で、彼の息子はどちらもアーバイン社では働かせず、自分自身で自立するよう勧めています。

そして現在の三番目の妻であるブリジットとは仲の良い、幸せな夫婦生活を送っています。

まとめ

両親の離婚を経験し、辛い少年時代を過ごしたブレン氏ですが、それを跳ね除けるようにして学業に励み、ワシントン州一の名門校へと入学します。

そして今では、オレンジカウンティーという、アメリカの中でもパワフルな人々が集まる地域で一番影響力があると言われるほどになっています。

また、子供の頃からビジネスの道に進みたいと言う夢を持っていたわけでもないブレン氏がビジネスを始めたのは、ふと旅行先で思いついた事は、人生は本当にちょっとしたきっかけで全てが変わるのだなと学ばせてくれますね。

ブレン氏、現在定年直前となってはいますが、今後もまだまだ活躍を期待したいですね!

【参考URL】http://www.donald-bren.com/biography.asp
http://en.wikipedia.org/wiki/Donald_Bren

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