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Microsoft社の共同創設者ポール・アレンの軌跡

2014/08/02
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ポール・アレンという人物をご存知でしょうか。日本ではあまり知名度が高くないかもしれませんが、アメリカの起業家として成功し、アメリカでも最もリッチな人々の一人です。

彼の起業した会社は、あのMicrosoft社なのです。ポールアレン氏はMicrosoftのビルゲイツの共同創設者としてよく知られています。その他にも投資家や慈善事業家としての活動も行っており、幅広く活躍しています。

資産は推定150億ドルもあり、2013年の三月時点で、世界で53番目にリッチな人物としてランクインされています。そして後に病気に犯され、Microsoft社のCEOを辞任するものの、病気から回復後も様々な活動を続けています。

Microsoft社という国際企業を作り上げ、成功させてきた影にはどんなストーリーがあるのでしょうか。そんなアレン氏の成功の秘訣を見ていきましょう。

アレン氏の生い立ち

ポール・ガードナー・アレンは1953年1月21日にワシントン州のシアトルで誕生しました。父親のケニス・サミュエル・アレンはワシントン大学図書館の副理事長をしていました。

アレン氏はレイクサイド高校という私立高校に通い、そこで将来の共同創設者であるビル・ゲイツと出会うのです。

その時アレン氏は14歳、ゲイツ氏は12歳。そんな出会いから10年も経たないうちに大学を中退した二人がMicrosoft社を立ち上げることになるのです。

彼らはレイクサイド高校のテレタイプ端末を使用してプログラムを開発していました。また、アレン氏はコンピューターだけでなく、学力も優れており、SATでは1600点満点を記録します。

その後ワシントン州立大学に入学し、フィ・カッパ・ゼータというフラタニティで大学生活を謳歌します。

しかし2年生の終わりには、ボストンのハニーウェル社でプログラマーとして働くために大学を中退。その後ビル・ゲイツ氏に大学を中退して一緒に会社を作るよう説得するのです。

アレン氏のキャリア

アレン氏は1975年にビル・ゲイツ氏とともにニューメキシコ州のアルバカーキでMicrosoft社を立ち上げます。当時はBASICというプログラミング言語の翻訳を売りに、会社を設立しました。

1995年のフォーチューン誌によると、アレン氏がMicrosoftという社名を考えたようです。

1980年にはIBMと、IBM パソコン用のディスク・オペレーティング・システムの発注を契約します。しかし、この時、IBM用のディスク・オペレーティング・システムはまだ開発されてもいなかったのです。

しかしこの契約を取り付けたことでMicrosoft社はどんどん成長して行きます。この時開発できていなかったディスク・オペレーティング・システムもその後無事に完成し、IBMへ納品する事ができます。

そしてこの大きな契約を完了させたことは、アレン氏とゲイツ氏に会社のCEOとして大きな富をもたらしたのです。

こうしてセレブの仲間入りを果たしたアレン氏ですが、1982年にホジキン病に犯されます。幸いなことに、数ヶ月間の放射線治療で彼の病気は完治しますが、彼はMicrosoftには戻らず、自分自身で新しい会社を立ち上げたのです。

アレン氏は、2000年にMIcrosoft社の重役から正式に離任していますが、「行動する男」であったビル・ゲイツ氏に対して「アイディア・マン」と呼ばれていたアレン氏。

その後もベテラン戦略アドバイザーとして会社の意思決定に関わって欲しいとの依頼があり、それを受けます。この時、彼はMicrosoftのCEOを辞任しながらも、一億三千万円分のMicrosoft株を保有して離任しています。

その後Microsoft社がどんどん成長するごとにつれ、彼の持っている株価が上昇し、彼をビリオネアの地位へと押し上げていきます。その間に、アレン氏はどこか他に大きなアイディアを植える場所は無いかを探しつつ、他のプロジェクトに専念します。

1986年に、投資会社のヴルカン・ベンチャーズという会社を立ち上げます。

そして1992年にはシリコンバレーでシンクタンクを立ち上げ、彼のずっと夢だった「全ての人がオンラインでつながる」という、変てこな夢を実現するのです。

それからまだ20年も経たない現在ですが、「全ての人がオンラインで繋がる」という概念は当たり前のものとなり、アレン氏のビジョンが全世界に反映されているのです。

アレン氏の様々な投資

アレン氏は、Microsoft離任後、投資家としても活躍し、フィールドをどんどん広げて来ました。この投資も、彼をビリオネアからさらにリッチにした要因の一つなのです。

彼は幅広く投資を行っています。オンラインで金融サービスを提供しているテルスキャン社やオンライン情報提供しているスターウェーブ社、ハードウェア、ソフトウェア、ワイアレスコミュニケーションを扱っている会社まで多岐に渡っています。

アレンは、彼の「変てこな夢」を実現するために三十年以上にわたってその夢の基盤を築いてきました。

アレン氏は、アメリカ国内で7番目に大きな会社のオーナーとなり、1999年にはRCN社に二億円も投資し、彼の保有しているインターネット関連の株価は総合で二百億ドルにも上るのです。

また、彼はメディアとエンターテイメント業界にも多くの資金を投資しています。彼の主な投資の100以上はメディア会社に当てられています。

1999年、アレン氏率いるヴルカン・ベンチャーズ社はPOP.comというインターネットエンターテイメントの会社を設立する事に同意します。また、映画作成会社であるドリームワークスにも投資したり、女性のためのインターネット番組の会社にも投資しています。

そうして、自分の「夢」を実現してくれる会社に投資をし続けているアレン氏。彼の夢は留まるところを知りません。

アレン氏のその他の興味

また、アレン氏はスポーツにも興味を持っており、プロのスポーツチームも二つ所有しています。

フットボールチームのシアトル・シーホークスとバスケフットボールチームのポートランド・トレイル・ブレイザーズを所有しており、また、サッカーチームのシアトル・サウンダーズFCの共同オーナーの一人でもあります。

シアトル・シーホークスはとても有名なチームで、ポートランド・ブラザーズもNBAで活躍しているチームです。そんな誰もが応援するプロのチームを二つも保有してしまうなんて、Microsoftで世界を築き上げたアレン氏は規模が大きいですね。

また、科学の発展への貢献にも力を入れており、アレン脳科学機構やアレン人工知能機構なども立ち上げており、新しい人間科学の研究にも多額の投資を行っているのです。

まとめ

世界中が利用しているMicrosoftの基礎を築き上げたアレン氏。その後病気でCEOを一旦離任した後、成長している大企業のCEOとしては戻らず、自分で会社を再び立ち上げるなんて、その行動力には頭が下がりますね。

自分の「夢」を実現するために、自分の夢を実現してくれる会社に投資を行い、当時は「変てこ」と呼ばれた夢を本当に実現してしまう実行力と、彼の行動力が、彼をここまでも成功させた秘訣なのではないでしょうか。

また、アメリカで大人気のフットボールチームやプロのバスケットボールチームも保有しているアレン氏。

アメリカで過ごしている国民の多くは、様々な形で間接的にアレン氏と関わっていると言っても過言ではないほど、彼は多方面のビジネスを展開しています。

そんなスケールの大きなビジネスをどんどん広げていくアレン氏。これからも、年齢に関係なく、私達の世界をどんどん広げていって欲しいですね。アレン氏のその底なしのエネルギーと夢の実現力から、私達も学ぶことが多くあるのではないでしょうか。

【参考URL】http://www.biography.com/people/paul-allen-9542239#recent-news&
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_allen
http://www.bornrich.com/paul-allen.html

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この記事に対するコメント
  1. 日本の名無しさん より:

    なんで海外の反応アンテナに登録されてんの?

  2. 日本の名無しさん より:

    これ海外の反応じゃなくて、ただの管理人のオ○ニーだよね?

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