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有名アーティストが歌うと歴史の面白さ倍増!?ヒットソングになった世界史BEST6

2016/04/12
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日本史をテンポの良い曲に乗せて、軽快な踊りと共に歌り、聴いて楽しく見て面白く、さらに歴史まで学べてしまう!エグスプロージョンというユニットの「本能寺の変」など踊る授業シリーズが、一時期話題となりましたね。

実際に何かを暗記する際、歌と合わせるのは最高の組み合わせです。「語呂合わせ」というものもありますよね。私は中学生の時日本史の勉強で、

  1. 大塩平八郎の乱・・・「18歳のサナエちゃん」(1837年)
  2. 島原の乱・・・「16歳のサナエちゃん」(1637年)

という語呂合わせで覚えました。(どんだけサナエちゃん好き!?)

しかし語呂合わせだと、当たり前ですが年号しか覚えられません。その点、歌だと一通りのあらましが分かるので助かります!

歴史を面白楽しくラクに覚えたい!と思うのはイギリス人も同じです。

「Horrible Histories」という子ども向けコメディ歴史番組(CBBC)があり、西洋史をメインに、石器時代から第二次大戦の頃までの長い長い歴史をお笑いと歌、パフォーマンスありの番組に仕上げています。

例えば、クレオパトラ編の歌を見てみてください!
https://youtu.be/al5NxDmPdrs

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歌詞の一部です。

I’m Cleopatra
Such a queen, never been seen
I am a pharaoh
あたしはクレオパトラ、王妃にみられて、ファラオみられないの

Yet they’re-o meant to be guys
But I don’t care-o
そうよね、ファラオって男がなるものだものね、でもいいわ、気にしないわ!

なんという、ビッチなクレオパトラ七世でしょう!しかもまったく可愛くない顔!まじめな考古学者や歴史研究家がこのミュージックビデオを観たら、それだけでも卒倒してしまうかもしれません。

しかしおおまかにクレオパトラがどういう歴史上の人物だったか分かり、うまくいけばローマ時代に興味を持つキッカケになるかもしれません。

このイギリスのコメディ歴史番組に登場する歴史ソングの数々の他にも、多くの名のある一流アーティストが歴史(人物・事件)を歌にし、大ヒットさせています。

今回は中でも、

  1. 純粋に音楽としてのレベルが高い
  2. 内容が深い
  3. その歴史(事件)の勉強になる
  4. プラスアルファで英語の学習にもなる

というポイントを押さえた選りすぐりの6曲をご紹介したいと思います。

お金の話題とはあまり関係ないような内容ですが・・・こじつけで無理やりお金の話も絡めちゃいました!ではMusic Start!

1曲目:1945年8月6日8時15分というメッセージ「エノラ・ゲイの悲劇」

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▼Youtube
https://youtu.be/d5XJ2GiR6Bo

英語がまったく分からない、エノラ・ゲイが何なのか聞いたこともないという方からしてみれば、このオリジナルミュージックビデオを見ても、「一体何の歌?」とちんぷんかんぷんになるでしょう。

なぜなら画面はひたすら空の雲。これをバックに、イギリス人グループのオーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダーク(OMD)がただ歌を披露し続けているだけなのです。

よしんば歌詞を聞き取れても、意味不明かもしれません。以下が歌詞の一部です。

It’s eight fifteen
8時15分

And that’s the time that it’s always been
それはいつもと変わらない時間だったね

We got your message on the radio
私たちは君のメッセージを無線で聞いたんだ

Conditions normal and you’re coming home
異常無し、帰還中だ、とね

Enola Gay
エノラ・ゲイ

Is mother proud of little boy today
君のお母さんはさあ、今日(君がやらかしたことについて)坊や(リトル・ボーイ)を誇りに思っているのかな

1980年にリリースされた当初、「ホモセクシュアルの歌詞じゃないか?」と思われあまり歓迎されませんでした。

なぜホモの歌と疑われたかというと、言わずもがなEnola GAY(エノラ・ゲイ)というタイトル。そしてヴォーカルのAndy McCluskeyがゲイで有名であったことでした。(実際に彼がゲイなのかどうかは不明です。)

実際は『エノラ・ゲイの悲劇』は反戦争ソング。なのです。

1945年8月6日8時15分に、B-29(愛称エノラ・ゲイ)は核兵器爆弾(愛称リトル・ボーイ)を広島に投下しました。由来はここなのです。

だからこそ、ミュージックビデオの映像もひたすら空と雲だけなのです。楽しげなサウンドが逆にこの歌の歌詞の怖さを浮き立てています。

ちなみに「なんてことをしてしまったんだい。母さんは悲しい」と母親が息子の爆撃を悲しむという設定は、おそらく機体呼称の由来が、機長であるティベッツ大佐の母親の名前“エノラ・ゲイ”から来たと言われている説があるからだ、と思われます。

内容がシュールというかディープというか、凄すぎるのですが、あまりの名曲であったため、この歌の人気はイギリス国内でじわじわと火がつき、イタリア、ポルトガル、フランスでもヒットチャート上位に入りました。

言うまでもなく、アメリカではこの歌は無視されました。OMDのアメリカ進出成功は『エノラ・ゲイの悲劇』発表の4年後、1984年だったのだとか。

ちなみに昭和の中学生だった私は社会科の先生が「アメリカが原爆を落としてくれたので、戦争が終われたんだ」と、まるで原爆投下に感謝するような口ぶりで話したことを今でもよく覚えています。

一方で「被爆者たちが気の毒、悲惨過ぎた」と言いつつ、原爆投下には肯定的な説明。このことに、当時14歳だった私は何か釈然としませんでした。しかし『エノラ・ゲイの悲劇』で、

Enola Gay
エノーラ・ゲイ

It shouldn’t ever have to end this way
こんな結末を迎えなきゃいけないっていうことはなかったんだ

と歌っているのを聴き「そうだよ、投下は正しかったというのは違うんだよ」と初めて腑に落ちました。まさか数年前に流行ったイギリスのポップスで日本の現代史の見方を学べるとは驚きです。

『エノラ・ゲイの悲劇』はイギリスの音楽雑誌New Musical Express (NME)により、 2012年に“100 Best Songs of the 1980s”(1980年代のベストソング100)のひとつに選ばれました。

改めて思うのは、よくぞこのような内容の歌を、当時の若い男子グループが作り上げ、そしてレコード会社も許可してくれ、見事大ヒットしてくれた・・・という事です。

OMDは他にもヒットソングを世に生み出していますが、やはり最大の大ヒットは『エノラ・ゲイの悲劇』です。

その売上が大きく貢献しているのでしょうか、vipfaq.comによると、メインのメンバーのAndy McCluskeyの総資産は、2015年時点で推定1705万6281ドル(約19億1000万円)。多くの不動産、株所有、プライベートジェット、ヨット所有等も含めて計算されています。

『エノラ・ゲイの悲劇』の様々なバージョンが何度も発表され、常に頻繁にどこかで使用されているから、これだけの資産を持てたのではないかな、と個人的に推測しています。

広島原爆投下の悲劇は多くの映画、小説等で伝えられてきましたが、このOMDの『エノラ・ゲイの悲劇』が一番多く世界中の人々に、この原爆のことを知らせている気がします。

余談ですが、かつて私はこの歌で“Be proud of ―(~を誇りに思う)”の英熟語を覚えました。あまりにも深く、一度聴いたら忘れられませんから・・・。

Is mother proud of Little Boy today?

この記事の海外に対する反応

この歌が流行ったのは今から約35年前・・・信じられない、つい昨日のことのようだ!本当に色あせない名曲だ!
(イギリス)

子どもの時に聴いて、すごい衝撃を受けたね。絶対忘れられない曲だな。
(イギリス)

OMDの『エノラ・ゲイの悲劇』を忘れない、というより広島原爆投下のことを人類は忘れてはならない。
(イタリア)

アメリカが広島に原爆を落とした、という事実をこの曲を通して永遠に世界中の若者に知らせ続けられるよな。
(イギリス)

2曲目:アパルトヘイトを糾弾せよ「サンシティ」(南アフリカ)

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23 million can’t vote because they’re black
23万もの人が 黒人だからという理由だけで選挙権も与えられない

Our government tells us we’re doing all we can
アメリカ政府はできる限りのことは全てしていると言っているが

Constructive engagement is Ronald Reagan’s plan
Meanwhile people are dying and giving up hope
南アの人々は死にかけており、希望を諦めている一方で、
「建設的関与」政策はレーガン政権の政策だという

Well this quiet diplomacy ain’t nothing but a joke
こんな外交政策なんて単なるジョークだ


▼Youtube
https://youtu.be/TlMdYpnVOGQ

アパルトヘイト(人種隔離政策)。特に南アフリカのアパルトヘイトがすさまじいもので、1994年までは黒人は白人と同じ権利が持てませんでした。

サンシティとは南アフリカにある白人専用のリゾート地です。1985年、サンシティという曲はアパルトヘイトに反対するアーティストたち(United Against Apartheid)によってリリースされました。

参加アーティストの顔ぶれが非常に豪華で、国境、音楽のジャンルの垣根を越え、大物が集結しました。

  1. マイルス・デイビス
  2. ハービー・ハンコック
  3. ホール&オーツ
  4. ブルース・スプリングスティーン
  5. リンゴ・スター
  6. ジョーイ・ラモーン(ラモーンズ)
  7. U2
  8. ボブ・ディラン
  9. キース・リチャーズ

等々。

評判としては、全米ビルボードでは38位止まりという結果に。アメリカのラジオ局の半分が、サンシティを流すのを嫌がりました。その歌詞の内容の過激さ、政治的メッセージに躊躇したのです。(MTVではガンガン流されました)

むろん、南アフリカでは放送禁止。一切流されませんでした。しかしヨーロッパ各国では上位にランキングしたのです。

このアパルトヘイトに反対するアーティストたちの中心的人物だったのは、スティーヴ・ヴァン・ザント。彼はシンガーソングライターであり、レコードプロデューサー、俳優、ラジオDJでもあります。

マルチ才能のスティーブ・ヴァン・ザントの推定総資産は8000万ドル(8億9600万円)と言われています。

ちなみにサンシティのシングルの売上は「The Africa Fund」に寄付されました。

アパルトヘイトについて興味がなくても、南アフリカについてどう思おうと、この音楽は一度でいいから絶対聴いてみるべきだと強くプッシュします。今耳にしても、非常に前衛的でパワフルで天才的なのです!

この記事の海外に対する反応

黒人も白人もコミュニティをもっとシェアすべきだ。80年代当時よりも、現代の方が人々は愚かになっていると思う。

80年代って本当に偉大なアーティストが多いよな。この時代に生まれていたかったなあ。

これはもっとも偉大なミュージックビデオの一つだな。

南アフリカは今や犯罪大国だ。最悪だよ。

3曲目:帝政ロシア末期時代「怪僧ラスプーチン」

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ラスプーチンと聞いて、桜塚やっくんによるカバーソング「怪僧ラスプーチン」を思い浮かべた人もいることでしょう!これはこれでなかなかの名曲かもしれません。

グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン

  1. 1869年1月9日~1916年12月30日
  2. 帝政ロシア末期時代の祈祷僧
  3. シベリアの村出身

巨大な体を持ち異様な風貌でもあり、不思議な力を持っていたといわれる彼は怪僧ラスプーチンとも呼ばれていました。

ヒーラーでもあったラスプーチンは、他の医者では治せなかったアレクセイ皇太子の血友病を不思議な能力で治してしまいます。

これがきっかけでラスプーチンは皇帝夫妻の信頼を得て、宮廷に頻繁に出入りをするようになり、なぜか多くの女性ファンを作り(皇后の愛人にもなったといわれています)、政治にも口を出すようになりました。

当然、これを良く思わない人々も出てきます。そこでラスプーチン暗殺計画が持ち上がり、食事に青酸カリを盛り込まれました。しかし彼はびくともせず、周囲をぎょっとさせます。

最終的に後頭部に2発の銃弾を打たれ、川に投げ捨てられ死亡。銃弾ではなく、溺死だったとのことです。生前にラスプーチンは自分の暗殺と、そしてその後のロシア帝国の未来も予兆していました。

「私は殺されるであろう。私を殺す者の中に陛下のご一族がいるならば、陛下とご家族は悲惨な最期を遂げる事となるであろう」

そして、実際その通りになりました。

ボニーM(Boney M)「怪僧ラスプーチン」の歌詞の要約です。

There lived a certain man in Russia long ago
むかしむかし、ロシアにある男がいた

He was big and strong, in his eyes a flaming glow
輝くひとみを持つ大きくて逞しい男だった

Most people looked at him with terror and with fear
多くの人々は彼を恐れてオドオドして彼を見ていた

But to Moscow chicks he was such a lovely dear
しかしモスクワの女たちは彼を好いていた

He could preach the bible like a preacher
Full of ecstasy and fire
溢れるフェルモンと情熱を醸し出して、彼は司祭のように聖書を説いた

Women would desire
女たちはメロメロになった

He ruled the Russian land and never mind the czar
彼は皇帝を無視してロシア帝国を支配しようとした

For the queen he was no wheeler dealer
Though she’d heard the things he’d done
皇后は彼の悪い噂を耳にしても、それをまともにとりあわなかった

She believed he was a holy healer
Who would heal her son
なぜなら皇后は信じていた、彼は息子を治してくれた聖なるヒーラーであるのだ、と

“This man’s just got to go!” declared his enemies
「彼を生かしてはおけない」と敵たちは言った。

Then one night some men of higher standing
Set a trap, they’re not to blame
“Come to visit us” they kept demanding
And he really came
そしてある夜、何人かの男たちが罠を仕掛けて、「俺たちのところに来ないか」と
彼をしつこく誘った。彼はついにやって来た

They put some poison into his wine
彼らはラスプーチンのワインに毒を持った

He drank it all and he said “I feel fine”
彼は全部飲みほどして、「最高だ!」と言った

They didn’t quit, they wanted his head
敵たちは諦めなかった、ラスプーチンの頭を狙った

And so they shot him till he was dead
そして彼が死ぬまで銃を撃ち続けた


▼Youtube
https://youtu.be/kvDMlk3kSYg

この歌を聴いた後に今度はディズニー映画「アナスタシア」を観ると面白いかもしれません。なぜならラスプーチンを庇護したロシア皇帝、ニコライ二世はアナスタシアの父親なのです。

こうして繋げていくと、複雑そうに見えるロシアの歴史が一気に興味深いものになりますね!

ところでボニーMのこの歌を耳にして、ちょっと「おや?」と感じたあなた。なかなかの英語通です。実は発音がどこか外国風でネイティブのアメリカ人、イギリス人のアクセントとは異なるのです。

ボニーMは西ドイツの首都ボン出身。正確にはオリジナルはジャマイカ、ガーナ、西インド諸島のアルバ等、他国出身です。

70年代多くのヒット曲を生み出しました。「怪僧ラスプーチン」はヨーロッパ、日本では大ヒットしたものの、アメリカではあまり知られませんでした。ちなみに同西ドイツ出身のジンギスカンのバンドも当時アメリカでは流行らなかったようです。

それが近年、アメリカドラマの「マッドメン」でボニーMの「Rivers of Babylon」のカバーソングが使われました。これに驚いた人はいるでしょう。

ボニーMの中心的存在だったボビー・ファレル。2010年12月30日、ツアーのために来訪中だったロシア・サンクトペテルブルクのホテルで突然死しました。61歳でした。

ちなみにラスプーチンは12月29日(1916年)にサンクトペテルブルクで死んでいます。同じ町で一日違いの死亡日、という運命的ともいえる偶然の一致を果たしてしまったのです。

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ボビー・ファレルは波乱万丈の人生を送り、あまり家族を顧みていなかったといいます。

しかしさんざん無駄遣いをしまくったのにもかかわらず、50万ポンド(約7800万円)もの大金を娘に残しました。インタビューで娘は「いろいろあったけど、父を恨んでいない」と語ったのだとか。

この記事の海外に対する反応

ボニーMの「怪僧ラスプーチン」は今聴いてもしびれる。ディスコ時代に10代を過ごしてみたかった。本当にきらきらした名曲ばかりじゃないか!
(イギリス)

ボビー・ファレルはなんでサンクトペテルブルクのホテルの部屋で突然死んだんだろう?謎だな。
(イギリス)

ボビー・ファレルがアムステルダムのローカルバーで飲んでいるのを見たことがあるよ。非常に気さくでナイスガイだった。冥福を祈る。
(オランダ)

ボニーMの「怪僧ラスプーチン」を聴いてラスプーチンに興味を持って、当時のロシアの本を読み漁り、歴史に詳しくなったんだ。
(イギリス)

4曲目:9月11日にNYで何が起きたか「Where Were You When the World Stopped Turning」

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▼Youtube
https://youtu.be/fvj6zdWLUuk

Where were you when the world stopped turning on that September day?
9月におきた、世の中がひっくり返った日に、君はどこにいた?

Were you in the yard with your wife and children
ワイフや子どもたちと庭先にいたかい?

Or working on some stage in L.A.?
それともL.A.で普段と変わらない仕事をしていたかい?

Did you stand there in shock at the sight of that black smoke
Risin’ against that blue sky?
青い空を背景に煙を出しているビルの光景をみて、立ちすくんだかい?

Did you shout out in anger, in fear for your neighbor
Or did you just sit down and cry?
怒りで叫んだかい?そばにいる人に恐怖を伝えた?それとも座り込んで泣いたかい?

2001年9月11日、アメリカ人にとって忘れられない最悪の日でした。1941年に日本軍に真珠湾を攻撃された以来初の大ショックの日だった、というアメリカのメディアもあったくらいです。

カントリーシンガーのアラン・ジャクソンはその日、朝の散歩に出て家に戻りキッチンのラジオをつけて、NYテロのニュースを知りました。そしてこの歌を書き上げました。

歌詞について、どこか鼻白む人もいるかもしれません。しかし色々な意味を含め、当時のアメリカの空気感をまさに見事に歌にしてみせた、ということで、歴史に残る名曲といえるのではないでしょうか。

アラン・ジャクソンは大物カントリーシンガーで、

  1. スタジオアルバム・・・14枚
  2. クリスマスアルバム・・・2枚
  3. ベスト盤・・・3枚
  4. ゴスペルアルバム・・・・2枚

等を出しています。

gonetworth.com/alan-jackson-net-worthによると、彼の推定総資産は7500万ドル(約84億円)。大富豪になっても、一般の人々の心を揺さぶる名曲を作り続けています。これってすごいことではないでしょうか?

この記事の海外に対する反応

911を忘れないでいるための、いいメモリアルの曲だと思うわ。
(アメリカ)

とても心強い胸に響く歌だよね。この歌を聴くと今でも涙が出る。
(アメリカ)

911とスペースシャトルの爆発とダイアナ妃の事故死が僕にとって三大ショックだ。
(アメリカ)

この日、南仏のビーチにいたの。事件を知って震えて泣いたわ。
(アメリカ)

5曲目:モーツァルトってどんな人?「ロックミーアマデウス」

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It was around 1780
1780年ごろのこと

And it was in Vienna
ウィーンでの出来事

No plastic money anymore
クレジットカードもない時代

The banks against him
彼は銀行と大喧嘩

From which his debts came
彼の借金の出所がおかしいってね

It was common knowledge
でもそんなことはみんな分かっている

He was a women’s man
女たちからもらっていたんだよ

Women loved his punk
女たちはあの男のパンクぶりが大好きだったからねえ


▼Youtube
https://youtu.be/cVikZ8Oe_XA

ロックミーアマデウスの“Rock me”という意味は「私をぎょっとさせて!」(※性的ニュアンスを含むスラングとして使われる場合もあり)という事です。

これを歌ったオーストリア出身の歌手ファルコが亡くなったのは1998年。移住先のドミニカ共和国で事故死。検死の結果、コカインとアル中だったことが分かりました。

余談ですが、ファルコが亡くなった時、私はオーストリアの隣国チェコに住んでいました。「ロックミーアマデウス」が世界的に大ヒットしたのは1985年。ヨーロッパのみならず、アメリカでも日本でも爆発的に売れてました。

日本ではファルコ=一発屋、というイメージで、その後すぐに忘れられました。

しかし中欧東欧では彼の人気はずっと続いており、「ロックミーアマデウス」も○○リミックスバージョン、○○特別バージョンなどなど、しつこいくらいCDやカセットテープが売られ続けていました。

ファルコの突然の訃報は、チェコ人たちを騒然とさせ、無論トップニュースとなりました。ウィーンでは国葬!?レベルの盛大な葬式が行われ、ウィーンっ子たちが街中で号泣している映像が、チェコのニュース番組で流れ、それを見てチェコ人たちも号泣・・・。

とにかく王様か大統領が亡くなったのか、といわんばかりのパニックぶりでした。

思わず私もファルコを偲んで「ロックミーアマデウス」CDを買ってしまいました。1枚に収められている全曲が「ロックミーアマデウス」。ただし○○バージョン、▲▲バージョンとなっているだけ、というものでしたが。

モーツァルト(アマデウス)は天才音楽家、という崇高なイメージがありましたが、チェコ系アメリカ人監督の映画「アマデウス」(1984年)の奇抜な人物像と相まり、またファルコのイカれた歌のおかげで、非常にモーツァルトに親近感を覚えることにもなりました。

ファルコが残した資産は推定100万ドル(約1億1200万円)だと言われています。無駄遣いしたせいであまり手元には残っていなかったようですが、死亡報道後、再び『ロックミーアマデウス』が大ヒット。あの世に行ってからまた相当稼いだと思われます。

天国で、本物のアマデウスに出会って『ロックミーアマデウス』を聴かせたのでしょうか。モーツァルトはきっと喜んだでしょうね・・・。

この記事の海外に対する反応

なんだかよく分からない曲だけど、サイコーだ!

2015年の今日に至るまで、この曲を上回る名曲に出逢っていないな。

「アマデウスアマデウス」がI am potatoes, I am potatoesに聞こえてしょうがない。

伝説の名曲だ。奇妙で不気味でゾクッとする!

6曲目:アメリカ現代史を一気に暗記!「ハートにファイア!」

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歴史を歌ったヒットソングといえば、まっさきに思い浮かべるのは、ビリー・ジョエル『ハートにファイア』(原題:We Didn’t Start the Fire)(1989年)ではないでしょうか。

ビリー・ジョエルの生まれた1949年~1980年代の間に起きた、世界の事件のキーワード、単語を早口の歌詞で歌っていってます。

ミュージックビデオがなかなか粋です。新居のキッチンに新婚夫婦が入ってくる。そして子どもがうまれて、可愛かったその子がヒッピーになっていく!というストーリー仕立てのユニークな構成です。

よく凝っており、キッチンの内装、家電、服装、家具はその時代ごとにマッチしています!


▼Youtube
https://youtu.be/eFTLKWw542g

ビリー・ジョエルがこの歌を作ろうと思ったきっかけは40歳の時のこと。レコーディングスタジオにいると、(ジョンの息子の)ショーン・レノンの仲間がふらりとやってきました。

「参ったな、21歳になっちゃったよ」。

それを聞いてビリー・ジョエルはこう答えました。

「自分が21の時はベトナム戦争が起きていて、ドラッグ問題があふれていてね・・・」

「50年代だろ?だけどほかに大きな出来事は何もなかった時代だよね」

「え?おいおい、お前さんは朝鮮戦争、スエズ動乱を知らないのかい?」

この会話がきっかけで、ビリー・ジョエルは歴史の歌を作ろうと思いつきました。自分が生まれた年以降、世の中にはどういう事件が起きていたのか、それを辿ることにしたのです。

1949年 Red China(中華人民共和国の成立)
1950年 North Korea,South Korea(南北朝鮮)
1951年 H-Bomb(水爆)
1952年 Eisenhower(アイゼンハウワー大統領勝利)
1953年 Joseph Stalin(ジョセフ・スターリン死去)
等々・・・

彼はもともと歴史マニアで、母親は「7歳の頃から歴史をはじめとする本ばかり読んでおり、子どもの時は歴史の先生になりたいと言っていた」と言います。

『ハートにファイア』の歌には、119もの出来事(事件)が登場します。アメリカ国内には、この歌を歴史の授業の教材に使用した学校もあります。

ヒットチャートは、

  1. 全米ビルボードシングルチャート1位
  2. オーストリア、オーストラリア、ベルギー、カナダ、ドイツ、ニュージーランド、アイルランドの各シングルチャートで10位以内にランキング
  3. 日本では11位
  4. 1990年のグラミー賞で三部門にノミネート(受賞はならず)

『ハートにファイア』の歌はそれまでのビリー・ジョエルらしいメロディでもなく、どこか奇抜で滑稽。ただ歴史上の出来事を述べているだけで、ストーリー性がないんじゃないか?と当初、周囲はこの歌が売れるとは思っていませんでした。

しかし発売された後にベルリンの壁が崩壊し、冷戦時代に終わりを告げ、世界史がガラリとドラマチックに激変。世の中が世界史に興味を抱き、ノスタルジックな感傷に浸りだしたというタイミングにヒットしたのです。

今聴き返すと、昔は気がつかなかった、意外と隠されている?歌詞の重みにハッとさせられます。

原題のWe Didn’t Start the Fireは「世界が回り始めて火が起きていって・・・」という意味なのですが、『ハートにファイア』という邦題のセンスには首を傾げてしまいます。

en.mediamass.net(2015年12月付)によれば、ビリー・ジョエルの推定総資産は2億1500万ドル(約240億円)

ここ数年、大ヒットを出していないはずなのになぜ?と疑問を持つ方もいらっしゃるかと思います。

本業のシンガーソングライターとしてはそうかもしれませんが、実は

  1. 投資
  2. 不動産
  3. 化粧品会社
  4. フットボールチーム
  5. レストラン経営
  6. 自身のウォッカブランド(Pure Wonderjoel – US)
  7. 香水(With Love from Billy)

等、様々な副業でも大成功を収めており、2014年11月~2015年11月の1年にかけては750万ドル(約8億4000万円)稼ぎ、雑誌「People With Money’s top 10 highest-paid singers2015」2015年に最も稼いだ10人のシンガーたちの1人にも選ばれています。

『ハートにファイア』の原題We didn’t start the fireごとく、まさにI didn’t start the fire・・・俺が金を儲けていったんじゃない、勝手に金が増えていっているんだ、っていうことなのでしょうか!?

この記事の海外に対する反応

ビリー・ジョエルの『ハートにファイア』はわたしのカラオケの18番だよ。歌詞さえ暗記していれば最高に歌いやすいんだ。メロディもノリがいいしね。

1994年生まれの若者に聴かせたら「この歌に出てくる出来事の何ひとつ知らない」とのこと・・・やれやれ。
(アメリカ)

ビリー・ジョエルのスタンダードソングになっているけど、俺は『ハートにファイア』は大嫌いだ。くだらない。
(アメリカ)

ビリー・ジョエルの『ハートにファイア』がなぜ持ち上げられるのか分からない。

地震で揺れている真最中に『ハートにファイア』を聴いてごらんなさいな。涙があふれるわよ・・・。

そのほかの名曲の数々

U2『Pride(in the name of Love)』(1984)

公民権運動の指導者であるマーティン・ルーサー・キング牧師について歌い、「ピース&ラブ」を訴えています。

カントリーシンガーのディオン『Abraham, Martin and John』(アブラハム・リンカーン、マーティン・ルーサー・キング牧師、ジョン・F・ケネディ)(1968年)

こちらもやはり公民権運動のことを歌っています。

ジェファーソン・エアプレイン『ヴォランティアーズ(志願兵)』(1969年)

ベトナム戦争のことを歌い、議論を巻き起こしました。しかしギターリストのポールとヴォーカルのマーティンに言わせると、最初は決して政治的メッセージを意図して作った歌ではなかった、といいます。

「世間が勝手に深読みして大きくとらえたんだ」との見方だそうです。

Sublime,『April, 29, 1992』(1996年)

1992年4月29日にロスで起きた暴動、人種差別を背景にした大規模なロスアンジェルス暴動のことを歌っています。

いろいろ探してたくさん聴けば、歌だけで世界史をマスターしてしまえるかもしれませんね!

歴史ってやっぱり恐ろしい!歌で改めて知る大切なメッセージ

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こういった一流のアーティストたちによる、史実をモチーフにした名曲はその歴史(人物・事件)を学ぶ大きな窓口になる上、通常のニュース報道からは伝わらないようなメッセージや小ネタ、雑学を知ることもできて、本当に面白いと思います。

歌を聴いて「この事件はこうだったんだ」「あの有名人はこういう人物だったんだ」と思ってしまうのは危険ですが、アーティストたちの物の見方や思想も垣間見られることもあり、固定概念とは別の、まったく別の角度からそのことを学べます。

しかし何を弁解しても、やっぱり歴史ってHorrible(恐ろしい)ですね!

【参考URL】http://www.houstonpress.com/music/start-the-revolution-10-songs-about-historical-events-6782559
https://en.wikipedia.org/wiki/We_Didn%27t_Start_the_Fire
http://www.avclub.com/article/we-didnt-start-fire-was-accidental-hit-captured-cr-212802
https://en.wikipedia.org/wiki/Boney_M.
http://www.mirror.co.uk/news/uk-news/bobby-farrells-daughter-tells-of-the-fame-1502821
http://gonetworth.com/alan-jackson-net-worth/
http://www.celebritynetworth.com/richest-celebrities/rock-stars/steven-van-zandt-net-worth/

歌の力ってすっげー。歴史を歌ったアーティストもまた史実に残るんだろうね。いつか彼ら歌い手の歌まで作られちゃったりして。ほら、歴史は繰り返すって言うだろ?

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この記事に対するコメント
  1. 日本の名無しさん より:

    日本の歴史ソングなら山本正之に任せろ

  2. 名無し より:

    ベトナム戦争とドラッグ問題は二つでワンセットだったからね。
    アメリカ軍は第二次世界大戦の頃から兵士にシャブ(アンフェタミン)を恐怖を克服する滋養強壮剤として配布していて、ベトナム戦争の時には戦場の過酷な自然環境とゲリラ戦の恐怖を克服するために今まで以上に多くのシャブ(アンフェタミン)を配布していた。
    そのためベトナム帰還兵の多くがシャブ中毒になってしまっていて戦争によるPSTDと禁断症状の複合効果で犯罪に走るベトナム帰還兵が増えてドラッグ問題が浮上した。
    映画「ランボー」などにも当時のベトナム帰還兵とドラッグの関係が出てくるよね。

  3. 日本の名無しさん より:

    加えて、北ベトナムを支援していた中国が南ベトナムやタイの慰安所に
    麻薬をばらまいた。慰安婦経由で米軍に中毒者が蔓延。
    戦場の恐怖を薬で紛らわせた米兵は、帰還後に大きな社会問題になったよね。
    50年近く昔のこととはいえ、国家戦略に麻薬を利用する中国は、本当に
    恐ろしい国ですよ。

  4. 日本の名無しさん より:

    ジャーマンディスコが多いな
    歴史じゃないけど この頃は 地球規模でのヒット曲が無いね
    最近で覚えているのは マカレナ?ランバダ?もっとあったっけか?
    これだけネットが発達したのに ヒット曲を作れないなんて…
    あぁ 再生回数が多くたって ヒットしてるとは云えないからね

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