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グーグル創設者 -セルゲイ・ブリン-

2014/09/02
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セルゲイ・ブリンという人物をご存知でしょうか。日本ではまだあまり知名度は高くないかもしれませんが、彼はインターネットのサイトで成功し、億万長者となった人物です。

アメリカのフォーブズ誌では「アメリカで最もリッチな人々」の20位以内にランクされており、その地位を確固たるものにしています。

そのサービスは日本をはじめとし、世界中でも普及しています。そう、彼が運営しているサイトの名前は「グーグル。」日本でもインターネット人口のほとんどが利用している超有名サービスですね。

ラリー・ペイジと共同でグーグルを創設したセルゲイ・ブリン氏。あんなにも大きく、世界を動かす程のパワーを持つウェブサイトをどうやって成功させたのでしょうか。

そして創設に至るまでには、どのようなストーリーがあるのでしょうか。ブリン氏の成功の秘訣をのぞいてみましょう。

“大きな問題を解決するのは、小さな問題を解決するよりもずっと簡単だ。”―セルゲイ・ブリン

ブリン氏の生い立ち

セルゲイ・ブリンは1973年8月21日にロシアのモスクワで誕生しました。

彼の家族は1979年のロシアでのユダヤ人迫害から逃れるために、アメリカへと移住します。その時、彼はまだ六歳でした。

彼の父親はメリーランド大学での数学の教授で、彼の母親はNASAのゴッダード・スペース・フライトセンターでの研究者として働いていました。

彼は幼いころ、宇宙飛行士になるのを夢見ていましたが、ユダヤ人は特に体格面で宇宙飛行士の基準から外されていたため、大学になる前にはその夢を諦めていたといいます。

そして彼は父親が教えているメリーランド大学に進学し、数学とコンピューターサイエンスを専攻するのです。

ユダヤ人の迫害を受けてアメリカに移住してきたブリン氏にはユダヤ人としての大きなコンプレックスがあり、後にインタビューでは

「上階級クラスのユダヤ人は大学に不利なので不公平だ。」

そして数学からコンピューターサイエンスへと専攻を変えたのは、

「自分はユダヤ人だから、誰も自分を修士号プログラムへと入れてくれないと思ったから」

だと語っています。しかし、家族の努力によりブリン氏はロシア語も流暢に話すことができます。

メリーランド大学卒業後は、スタンフォード大学でコンピューターサイエンスの博士号を取得するためにカリフォルニア州のパロ・アルトへと引っ越します。そこで後にグーグルの共同創設者となるラリー・ペイジと出会い、友達になります。

二人は自分たちの寮の部屋を安いコンピューターで溢れかえらせ、新しい検索エンジンを開発する為にブリン氏のデーターマイニングシステムを応用します。

そして授業のリサーチプログラムの一環として、ページの人気順に検索結果を表示するグーグルという検索エンジンを立ち上げます。

グーグルの名前の由来は数学用語の「グーグル」という100個のゼロが後につく1という用語から由来しています。そのプログラムがスタンフォード大学で人気を博し、彼らは博士号の勉強を放棄し、グーグルを立ち上げるためにガレージを借りるのです。

ブリン氏のキャリア

幼い頃にユダヤ人迫害から逃れてアメリカに移住し、自分のアイデンティティに疑問やコンプレックスを抱きつつも、学校では優秀な成績をおさめ、スタンフォード大学という名門学校に進学、グーグルという大学内で人気の検索エンジンを開発したブリン氏。

ついに、グーグルが株式公開され、ブリン氏は億万長者となるのです。

家族や友達、そしてほかの投資家から百万円を集め、二人は1998年に会社を立ち上げます。

カリフォルニア州のパロアルト、シリコンバレーの真ん中に本社を置き、グーグルは2004年についに株式公開され、ブリン氏とペイジ氏を億万長者の地位へと押し上げるのです。

2013年にはグーグルは一日に五百九十億ものアクセスを記録する世界で最も人気の検索エンジンとなりました。

2006年にはグーグルは最も人気の動画サイトであるYouTubeを10億6千万円の株で買収します。2013年にはブリン氏はフォーブズ誌の「2013年のビリオネアたち」の21位、そしてアメリカ国内では14位にランクインされます。

フォーブズ誌によると、2013年九月の時点でブリン氏の資産は2百40億とされています。現在グーグルのプロジェクトのディレクターとして働いている彼は、ペイジ氏と協力してグーグルを盛り上げています。

ブリン氏の私生活

フォーブズ誌では「ビリオネア」や「アメリカで最もリッチな人々」の特集の常連となっている億万長者、ブリン氏。

彼は1997年にバハマで、生物アナリストであり、起業家でもあるアン・ウォズスキーと結婚します。彼はヘルス・インフォメーションの分野に興味があり、ブリン氏とともに情報へのアクセスの新しい方法を生み出すべく努力を続けています。

また、二人はヒューマン・ゲノム・プロジェクトを立ち上げ、ブリン氏のスキルを利用して遺伝子をデーターベースにし、情報へのアクセスを容易にしています。

そのように同じ興味を持ち、同じプロジェクトを立ち上げた二人ですが、残念ながら2013年には別居を発表しています。

そしてブリン氏の母親であるユージニア・ブリン女史はパーキンソン病と診断されており、彼の母親が治療を受けているメリーランド大学の大学病院に寄付を行っています。

23andMeという、以前にアン・ウォズスキ―女史と立ち上げたデータベースを駆使して病気の治療法発見にも貢献しています。「知識は常に、無知よりも良いものだ」と彼は語っています。

彼はエネルギー問題や地球温暖化に興味があり、代替エネルギーやその他の研究機関にグーグルを通して多くの寄付を行っています。

また、彼はラリー・ペイジ氏とともにプライベートジェット、ボーイング767-200を保有しており、アメリカに住むロシア人のプロフェッショナル団体にも所属しています。

ブリン氏はグーグルの他にも色々な人のプロジェクトを手伝っており、代替エネルギーやリサイクル可能エネルギーの開発プロジェクトにも参加しています。

まとめ

ユダヤ人迫害という辛い体験を幼少期に経験し、自分のアイデンティティに疑問を抱きながらも、それに負けたり、道を外れたりすることなく、学校も優等で卒業し、世の中によりよりサービスを提供する為に日々努力を重ねているブリン氏。

グーグルでの仕事だけでなく、環境問題や医療問題に興味を持ち、改善しようと努力している姿勢は本当に頭が下がりますね。

現在は大企業となり、世界中で人気を博し、優秀な従業員ばかりを雇っているグーグル。

その大企業が誕生するまでには、ガレージの一角から二人の大学を卒業したばかりの青年たちが、どうなるかわからない検索エンジンに希望を抱いて会社を始めた・・・そんなストーリーがあったのですね。

母親の病気に対して、「病気を診断でき、それについての情報が得られたということは、今病気の退治方法を考える事ができ、病気を退治できるということだ。」とインタービューに対して答えているブリン氏。

身近な人の病気には後ろ向きになったり、沈み込んだりしてしまいがちですが、この回答からも、問題に対して常に前向きに解決策を探していこうとするブリン氏の姿勢が表れています。

まだ二十代後半のブリン氏。これからもプロジェクトをどんどん始動させて、世の中に良いサービスを提供し続けてほしいですね。この若い億万長者の生き方から、私たちも学ぶところが多くあるのではないでしょうか。

【参考URL】http://www.bornrich.com/sergey-brin.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Sergey_Brin
http://www.biography.com/people/sergey-brin-12103333

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